今日お話ししたいのは、自分たちが直ぐ結果を見ることができないものにも人生をかけ、大切にすると言うことです。長い時の中で働かれる神様に信頼するとも言えるかも知れません。「先人植木、後人下憩」(先の人が木を植え、後の人がその下に憩う)という中国の言葉があるそうです。来ていただくと分かりますが、ICUはとても緑の豊かなところです。私は最初、武蔵野の雑木林をよくこれだけ残したものだと思っていました。でも実は、そうではないようです。中島飛行機という、今の富士重工の土地だったところを買い取ったのですが、最初は、草は生えていても、木は殆どなかったところだったそうです。そこに、ICUの創立者たちが皆で、木を植えた。それも自然の生態系を回復するように。そしてある人たちは毎日それに水を注いで回ったということです。それが50年たった姿がいまの、緑豊かなICUだそうです。昔のICUを知っている人はみなあの頃は木がみんなこんなに小さくてと言います。自分の時代には実は実らないかも知れない、でも神様を信頼して、神様が実らせて下さる時に期待するのは、簡単な事ではないかも知れませんが、素晴らしいことだと思います。私にも、5つ夢があります。それは、5人の子供たちです。私の時代にはどうにもならなくても、夢に託しています。次の時代に。そして皆さんとも夢を共に託したいと思っています。今私達が木を植え、水をやり、そして次の世代の人たちの人生を通して神様が豊かに実を実らせて下さることを信じて。
では、私達は、何を残していくのでしょうか。自分の時代に作った借金の山でしょうか。そんなことをしようとしておられる方はこの中にはおられませんよね。今の日本を見ていると、心配になりますが。
先日、2階の子供の部屋に入って行くと、中2の長男の守と小4の三男の望が何かをさっと隠しました。近くに行くと長男は勉強をするふりをし、三男はなにか棚を手で押さえて、困ったような顔をして私の方を見ています。「その棚には何があるの」と私が聞きますと、「なにもないよ」といいますが、そこからイヤホンの線が出ているので「この線はなぁに」と聞きますと、あきらめて、そこにかくしていたゲームボーイを見せました。イヤホンをつけてやっていたようでした。わが家にはそのようなゲーム機やテレビゲームはいっさいなく、持ち込むことも禁止しているので、「誰が借りてきたの」とききますと、三男は「ぼくが借りてきた」、わたしが「じゃ、誰から借りてきたの」と聞きますと、黙ったまましばらくして泣き出してしまいました。その間中、長男は知らんぷり、しばらく問いつめると「まーもんが借りてきた」(まーもんとは長男の事です)といってますます大きな声で泣き出しました。そこで、守にきくと、「自分が借りてきた」というので、「望は守をかばおうとしているのにそれを知らぬふりをしているのか」とちょっと語気を強めて言いますと守は「望が遊んでいて見つかったのだから責任をとるのは当たり前だ」と言います。「本当にそう思っているのか、そういうところからいじめが始まるんだ。ゲームボーイを借りてきてはいけないと言うのは、この家族での決まりだけれどもそれで命がなくなるわけではない、でも今、守がやっていることは命に関わることだ」と言いますと、守は「何が悪いのか分からない」と言いながらも、大粒の涙をぼろぼろこぼしていました。いったんはこれでやめておいた方が良いかなと思い、「よく考えておきなさい」と言って私は下におり、書斎にこもって祈りました。正直自分でも、本当に何が問題なのか祈りながら自分に問いたかったからです。 しばらくして長男がおりてきて「ぼくが悪かったよ」とぼそっと言ってまた出ていきました。一つ一つの決断を何を大切に生きていくか、私達だけでなく、子供も毎日とても難しいところにいるのだなと考えさせられました。この日々訪れるであろう様々な危機のために私は子供たちの事を真剣に考えてはいないなと思い知らされました。見えないものを大切にしていくことは本当に難しいことです。
次男の悟は野球をしています。どうしても日曜日の試合、練習がありますから、教会学校に行くかそれとも、野球に行くかが問題になります。次男が野球を始めるとき、「教会学校があるからどうせダメだよね。」と相談に来たので、いろいろと話し合って、「礼拝は出席を原則とする事、それでも特別な試合などでどうしても野球に行きたいときはそのときそのときによく考え、相談し、最後は自分で判断して決めること」と約束しました。どちらを休むときもそれなりに理由はいろいろとつくものです。私も長く出張して不在だったり、帰宅が夜遅くて話す時間がとれないときも多く、実際には次男の気分で決めてしまうことも多いようです。一回一回悩んでくれたらと願っている反面、しっかりと問題を一緒に悩んであげられない自分に私も反省しています。
あと、下に女の子が二人いますが、長男とは4年前から、それに2年前次男が加わり、つい最近三男が加わって家内と5人で夜一緒に聖書を読んで、お祈りをしています。家内と二人ではどうしても続けられなかったわが家の夕拝ですが、子供たちの「明日もまた一緒に聖書を読めますように」という祈りにささえられて殆ど毎日続いています。
私は最近、フランクルの「夜と霧」を読み返す機会がありました。アウシュヴィッツの強制収容所に入れられていて奇跡的に生き延び解放された精神科医が自己の体験をもとに書いたものです。皆さんの中にも読まれた方が多いのではいかと思います。フランクルは「苦悩の冠」という章で、「収容所生活という特殊な環境下では人間は内的自由をもち得ないか」という問いに対し、次のように書いています。「精神的自由、すなわち環境への自我の自由な態度は、この一見絶対的な強制状態のもとにおいても、外的にも内的にも存在し続けたという事を示す英雄的な実例は少なくないのである。強制収容所を経験した人は誰でも、バラックの中をこちらでは優しい言葉、あちらでは最後のパンの一片を与えて通っていく人間の姿を知っているのである。...... 彼らは、...... 与えられた事態にある態度をとる人間の最後の自由、を(人が奪い)取ることはできないと言うことの証明力を持っているのである。 と書き、次のように結んでいます。 「ドストエフスキーはかつて「私は私の苦悩にふさわしくなくなるということだけを恐れた。」と言った。もし人が収容所内でのあの殉教者的な人間を知ったならば、このドストエフスキーの言葉がしばしば頭に浮かんで来るに違いない。彼らはまさに「その苦悩にふさわしく」あったという事が言えるのであろう。...... 苦悩が生命に何らかの形で属しているならば、また運命も死もそうである。苦悩と死は、人間の実存をはじめて一つの全体にするのである。」
いまは、悩むことをあまりかっこよいとはしない時代のようです。ちょっと前になりますが、学生と一緒にカラオケに行ったことがあります。テレビも余り見ませんし、歌もあまり聞かない私は、知っている曲が殆どないのですが、学生が「古い曲もありますよ」というので、私の学生時代のうたをうたうことにしました。いざその歌のイントロの部分になると「だれだよこんな暗い歌歌うのは」と私が選んだことを知らない学生が言ったので他の学生が「先生よ」と小声で言うと彼は決まり悪そうにしていましたが、「いいんだよ、ぼくは学生時代の暗い時代があるから今いつも明るくしていられるのだから」と言ってしまいました。そのあとも、曲名を繰ってみると、私の学生時代の曲に明るい歌は余りないなと感じました。明るい歌がたくさんある今の時代は幸せですね。でも悲しいこと、苦しいこと、悩むことが、生きていくこと自体に深く関わっていると認めることを拒否してしまうのでは困りますが。私は、その後、この彼と、やはり同じ場所にいた女性との仲人もし、彼等は彼等なりに苦悩を背負いながら精一杯生きているのを近くで見せてもらっています。若い世代が悩むことを拒絶しているわけではないのは嬉しいことです。
私は、今年の2月から5月末まで、長く外国におられたある数学の先生のお世話をし、奥様のお手伝いをしていました。癌だと宣告され、急遽帰国し入院、約4カ月で亡くなられましたが、私は文字どおり毎日お見舞いに行きました。この先生と、先生に付き添われている奥様、そして、お二人を気づかわれる世界中の多くのかたがたとともに過ごしたこの4ヵ月は私の人生にとって特別な期間でした。私が何を大切に生きているか、また私の前におられる方々が何を本当に大切にしたいと思って苦悩しながら生きておられるかを共に考え共に生き、非常に難しい中においても内的自由をもって多くの機会に決断せざるを得ない4カ月でした。
クリスマスを迎えるにあたり、もう一度あの4カ月を思い出し、人間が生きると言うことの本質はそのような悩みにこそあり、その一番深いところに関わって下さるために、キリストがベツレヘムにお生まれになったのだと思います。
18日金曜日、国際基督教大学ではキャンドルサービスがありました。大きな礼拝堂が満員で通路や階段に座っている人もたくさんいました。その礼拝で、川島先生という古代ギリシャ研究の先生が話されました。イエス様はローマ帝国が一番元気だった頃(皇帝アウグストゥスの時代)、ローマの片隅のユダヤ、それも片田舎(かたいなか)で生まれ、かいば桶の中に寝かされていたと聖書に書いてあります。平和とは言われていても様々なところでいろいろな問題があった時代だったそうです。わかいときに、いろいろと問題はあっても、まぁいいやと問題をうやむやにしてしまったり、心の片隅に示された神様からのメッセージを無視してしまう人が多いですが、その心の片隅に示された福音をしっかりと自分の救いとしてとらえたいと思います。
この片隅に起こった事がなければ、私達の痛みは決していやされず、私達の罪はいつまでも私達の内に残ります。クリスマスの喜びは本当に大きいですね。
私達の住む今の世界はぬるま湯のようでそのままでそれなりに快適。しかし、その中で内的自由がゆっくりと麻痺させられていくような世界ではないかと思います。しかし、フランクルも言っているように、どんな環境の中にあってもその内的自由を持ち続けそして決断していくことは可能です。そして、その自由を与えて下さるのが今日ここでそのお誕生をお祝いしているイエスキリストだと私は信じています。