Last Update: June 24, 2007
BCMM I
数学通論 I
2007年度:通信欄メッセージ :
- この授業に期待すること。要望。自分にとって数学とは。
- 数学と論理の関係について、その違いについて。
- ICUの教学改革について。
- 将来の夢、目標、25年後の自分について、世界について。
- (a) これまでの数学通論 I (BCMM I) について。
(b) 改善点など何でも書いて下さい。
- 中間試験について。
- 中学・高等学校などで、数学がきらいまたはとても苦手だと思っている生徒が多いようですが、原因は何でしょうか。改善方法はありますか。
- 数学で(または他のことを勉強していて)感激したこと、面白いと思ったことがあったら、そのことについて教えて下さい。
- あなたが尊敬する、または、魅力的だと思う人は、どのような人ですか。そのほか何でもどうぞ。
- ICU を選んだ理由は何ですか。ICU をより魅力的にするにはどうしたら良いでしょうか。
- (1) この授業について。特に改善点について。
(2) ICU の教育一般について。特に改善点について。
この欄は QUIZ(小テスト)等における通信欄での受講学生とのやりとりを記録したものです。返事を書いて返却していますが、わたしからのメッセージの一部をまとめたものも掲載することとしました。個人情報については注意して運用していくつもりですが、何か問題がありましたら、鈴木寛 hsuzuki@icu.ac.jp まで御一報下さい。
QUIZ1 : この授業に期待すること。要望。自分にとって数学とは。
- 要望は特にありません。楽しく数学ができれば満足です。
- この授業に期待すること:数学的思考の訓練による人格の陶冶。
要望:LAII の時みたいな感じで十分です。
数学:思考訓練という名の教養。
- 物事の論理が整理して明確に理解できるようになる。
単純なことを複雑に考えたがる学問。複雑なことを単純に考えたがる学問。
- かっこいい証明がかけるようになりたいです!!
- 数学は、宇宙のような感じです。
- 何かいろいろとややこしいです。2番の計算がすごくのろかったので、どうやってかスピードを上げたいです。自分 info なんで、数学も、もっと勉強したいです。
- 細かな正確さを追求していくことに慣れる。正確とは何か?ということを考えていきたいです。数学はあいまいさがなく、バシッとスッキリするもの。ただし、幾多のモヤモヤの先にという条件がありますが。
- 基礎的な土台から、しっかり学んで行きたいです。
- 期待すること:特になし。
数学:生き甲斐。
- 期待すること・要望:おもしろさ、わかりやすさ。
学生へのメッセージ
- メッセージありがとう。新しいクラスと出会うとなにか私もわくわくします。一学期間宜しくお願いします。この欄には、皆さんへのメッセージを書くわけですが、過去のページにも毎年メッセージが書いてあります。なるべく重複しないように書くつもりですので、興味のある方は、他の箇所もあわせて読んでみて下さい。
- 授業の情報は、基本的には授業と演習で提供しますが、同時に、NetCommons と、この subsite 内のホームページにもあります。最初は、おそらく、小テスト Quiz の過去問を確認するために、subsite 内のホームページを見ることが多いと思いますが、できるだけ、NetCommons に入り、そこからのリンクをたどって、subsite のページを見て下さい。それは、学期中は、NetCommons を中心に情報をアップするからです。subsite へ毎週書き込むのは、このメッセージ欄のメッセージだけだと思います。NetCommons には、小テストおよび小テストの解答の PDF ファイル、その他、Handouts などの PDF ファイル、課題についてのコメントなどを書きます。BBS なども設定して、そこからも質問に応じられるようにすると思います。これらは、授業外でのみなさんの学習を援助するためです。私の予定は、研究室のドアに貼ってあります。一週間の予定とともに、その週の具体的なスケジュールも貼ってあります。空いている時間は、ほとんど研究室にいますので、気兼ねすることなくいつでも質問に来て下さい。私が他の用事で忙しいときは、そのときにアポイントメントを取れば良いと思います。小テストについてでも、演習問題についてでも、授業についてでも、勉強法についてでも、その他何でも構いません。いつでも歓迎です。
- 今学期は、最初の二回の授業、いずれも、今までにない失敗をしてしまいました。一回目は、終了時間を間違えて、早く終わってしまい、しばらくしてから再開。二回目は、開始時間を間違えて、授業時間が始まっているにもかかわらず、コピーを続けてしまいました。気持ちを入れ替えて、新米の教員のつもりで、ちがった緊張感を持って、授業に臨みたいと思います。
- 演習は、とても難しいですが、充実した時間にしたいと思います。理想は毎回全員に黒板で説明してもらうこと。他の人が解いた問題の解説も、皆さんに益となるよう、配慮しながらコメントしていきたいと思います。そのなかで、授業では説明する時間がなかった項目を補って行きたいと思っています。論理の間違いの指摘、証明の書き方の解説と polish up の仕方など、瞬時に適切なアドバイスができるか心配ですが、できる限りのことをしたいと思います。コメントシートなどで、是非、改善点を助言してください。
- 一学期間、宜しくお願いします。
QUIZ2 : 数学と論理の関係について、その違いについて。
- 論理を生み出すのは数学で、しかしながら数学は論理の使用形態の一つであると思います。「論理」そのものを疑うことができるのは、数学と、数少ない哲学者のみですね。
- Logic is a process to find out fact. Mathematics is a tool to aid us in that process.
- 今の時点では、論理は数学をやる上でのツールの一つなのかと思っています。
- 数学は、論理の道具だと思います。
- 論理は、言葉の骨組みで、数学はその骨組みのつなぎ方みたいなものだと、うまく説明できませんが、思っています。論理は転がせないし、数学は飾れないのが違いと思います。
- 数学で、問題を解く際に、用いられるのが論理で、論理は他の学問でも用いられている。
- 論理的に物事を考えるとき、言葉だけではどうしてもわかりにくいことがあり、そんなときに、数学で論理を記号化すると見えやすくなるということがあるのでは。論理の方法の一つとして、数学があると言ったところでしょうか。
- いかなる数学的言明も、公理的集合論から論理法則に従って演繹されると言うことを考えると、論理とは手段、もしくはルールと考えられ、数学はそれの下で行われる一つの知的演繹活動ではないかと思います。数学=演繹すること、論理=その際のルール。それではお休みなさい。
学生へのメッセージ
- このテーマははじめて出してみました。自分の中でもはっきり整理がついているわけではありません。皆さんのメッセージでも、数学のツールとして論理を捉える人もいる一方、かなりの数の方が、数学を論理の一部と捉えておられるようですね。
- このテーマに興味を持ったのはまず第一に「数学とは何か」を考え、説明するときに、この問題が避けて通れないこと、第二に、小平邦彦先生(日本で初めてフィールズ賞を取った数学者)の書かれた「怠け者数学者の記」に何回と無く「数学は論理ではない」というフレーズが出てくるからです。
- 「論理」またはその一部は数学と非常に相性が良く、数学の定義(言語と文化かも知れません)に耐えうるものであることから、数学の一部となっています。また数学の中で論理自体の研究も行われています。しかし、数学を論理の一部と捉えるのはやはり違うと思います。例えば平面上の三角形に関するピタゴラスの定理「三辺の長さ a, b, c の三角形において、a2 + b2 = c2 となることの必要十分条件は、その三角形が長さ c を持つ辺を斜辺とする直角三角形であることである。」などは、むろん、論理の言葉で記述できたとしても、内容はもう、論理を遙かに超えたものを表現していると思います。音楽は空気の振動だとは表現できないのと同じだと思います。
- 数学の最初に論理を勉強することがわたしは大切だと思っています。一度、日常的な言葉から離れて、命題を式などで表現して、その命題や、命題の否定や、対偶などを考えるには、そのステップが不可欠だからです。また P→Q は何を意味しているのか、それを示すには何をすればよいのかを確認するのにも重要です。しかし、数学は、今述べたような事ではありません。それは、ほんの一部だと言っても良いでしょう。論理記号をつかえるようになると、ついつい多用するようになり、その変形を楽しむようになりますが、それは数学ではありません。かえって本質的な部分を隠してしまうこともありますから、注意して下さい。たとえば、上のピタゴラスの定理、最近は、理系の学生でも、この証明を自分でやったことがない人が増えているようですが、考えてみてはいかがでしょうか。その中で、論理の果たしている役割と、論理ではない数学の部分と両方を理解し、かつ数学の一つの美しさを味わって頂ければと思います。
QUIZ3 : ICUの教学改革について。
- 方針がはっきりしていて良いと思いますが。入学時と卒業時の肩書きが変わるのは、将来にわたってめんどうになりそうです。
- 個人的にはNS廃止はあり得ません。
- 改革が実行に移されるとき、既に私はICUを離れています。今の、Fr. So. Jr. また入ってくる 12の学生にとっても、その成果を得る前に卒業することでしょう。でもいずれにせよ、将来のICUがより素晴らしいものとなることを、将来のICUの学生がよりよい教育をより素晴らしい citizen となることを期待してやみません。
- 本題からは少々はずれますが、最初に私がICUに入ってから、特に最近気づいたことを書こうと思います。それは、ICUは Critical Thinking をしきりに叫んでいるが、ICU自体が「アメリカ式、欧米式大学」というものを無批判に取り得れようとしていないかと言うことです。以前ある先生のところに相談事があって話を聞きに行ったのですが、その先生は「欧米では…」としきりにおっしゃり、しまいには「ICUは欧米式大学を目標にし、その疑似体験をさせているようなものだ」とおっしゃりいささかショックを受けました。
私はICU建学の理念ー戦争の反省から出発し、責任ある地球市民を育てるに惹かれて入学しました。しかし、このような話を聞いてしまうと、ICUの言う先生の、反省・失敗というものは、日本にあるのであり、そのためには、日本人を欧米型人間に再教育必要がある、というオリエンタリズム的なものであったのではないかという疑問がわき上がってきてしまいます。
かなりの極論では、ありますが、少なくともICUは独自の姿を追求していると言うよりは、欧米方向にただ向かっているだけという姿勢が見て取れ、この教学改革が、私の中のそのような印象をより強くします。案内に、ダブルメジャーは欧米の大学ではごく一般的、といった様なことが書いてありますが、「他がやっている」ということは何か物事を考える上での参考になっても、理由にはなり得ません。たとえそれが欧米で成功していたとしても、日本で成功するとは限りません。
わたしは、決して、この教学改革の中味に真っ向から反対しているわけではありません。ただ、ICUにもっとこの建学の理念を大事にし、それが感じられるような大学になって欲しいと思うだけです。戦後レジーム脱却のなのもと、憲法改正が唱えられ、より欧米よりの国家へとなろうとしていることと、この教学改革が機を同じくしていることに、何かの因縁を感じずにはいられません。
- ますますNSの影が薄くなりそうな感じ…(悲)。
- 選択肢が広がるというのは逆にどれも選択せずにどっちつかずになる人も増えかねないということにもなると思います。自分の道を迷う人が結局どの道にも行けなくなってしまう、ということの無いようにきちっとサポートする体制が必要なのでは。
- 大きな変化が果たしてあるのかわかりません。
- 詳しく知らないので、何とも言えませんが、それはそれで良いと思います。
学生へのメッセージ
- メッセージをありがとう。個人的には、全学でこの大切なトピックについてオープンに話し合うことがタブーでもあるかのように、みな息を潜めていることに危機を感じています。何と言っても、特に現在の学生さん達に、情報が殆ど開示されていない。一番ICUの将来を心配してくれている学生さん達にそれをしていないのは大きな問題だと感じています。私も、議論の途中のことをたくさんリークすることはできませんので、ここで詳細には入りませんが、今回の改革に関する教育システムやカリキュラム、決議のシステム変更は、現在の学生さんたちにも直接大きな影響があることは事実です。理学科では、特にカリキュラムにおいて、今年度までに入学した(9学生にかんしてはこれからですが)学生が不利益を受けないよう、細かい配慮をしたいと考えていますが、大学の新しいシステムの中での実現ですから、様々な制約があり、なかなか難しい課題です。大学で最終決定がされたことに関しては、個人的にもすこしずつお話ししていきたいと思っています。本来は、最終決定される前に、みなさんに大学が聞くべきなのですが。公聴会のようなものがありましたが、私が出た3回ほどは、たんなる説明会でした。
- ICU開学時の教養学部要覧には「過去百年の歴史を顧みるに、科学技術の進歩は時間を縮め空間を狭めて人類相互間の関係を愈々緊密ならしめはしたが、教育の分野に於いては時代 の進展に伴う複雑多岐な問題を解決するに足る進歩を遂げていない。諸民族は地球上に隣接して住み乍ら友好関係に立っていないのである。」"As neighbors we are one world. As brothers we are not." と書かれています。また、「本学は全く新たにして何らかの先例、伝統、制度、因習等に囚われることなくその使命を探求し開拓する自由を有する。その教育方針は、今日の時代を光輝あらしめている過去の遺産のすべてを忌憚なく活用し、明日の世界の要望に応えんとするものである。」これは、上で書いてくれた通りです。20世紀の前半に世界は2回の世界大戦をしてしまった。これではいけない。教育を変えなければ、とのことからこの大学は建てられました。そのために、最初は教育学科は無く、教育研究所でした。これは、日本が戦争に向かったことも含まれますが、人類の歴史に対する反省から、始まった営みです。ですから、明日の大学を目指し、2番目の引用にもあるように、過去の遺産を忌憚なく活用するが、同時にそれらにとらわれることなく、その使命を探求し、開拓するのです。現在の教養学部要覧も大分おとなしくなっていますが、それでも素晴らしいことが書かれています。
- 問題は、それが共有できているか、一つ一つの改革に生かされているかということです。上記の目的のためにあつまった結社的な色彩のつよい大学としてスタートしたわけで、キリスト教条項もそこに一番大きな根拠を有していたと思いますが、すべてが曖昧になってきてしまっていることを否めません。ここまでとしておきましょう。わたしは、できる限りのことを日々していきたいと思っています。まさに上記の使命のために召されたと考えているので。数学の教育を中心に、できるだけの貢献をしていきたいと考えています。みなさんのご意見をお待ちしています。
QUIZ4 : 将来の夢、目標、25年後の自分について、世界について。
- 25年後も生き生きしていたいです。
- 具体性に欠けますが、大学を卒業しても一生いろいろなことを勉強し続けていきたいです。そうやって世界についても一生考えていきたいです。数学とは違った答えのない旅になると思いますが…。
- 前進あるのみっ!!
- 世界は環境問題に悲鳴をあげていると思う。
- 幸せな家庭を持ちたいです。全宇宙のことを考えると人間がすごくちっぽけに思えてきます。
- 健康。
学生へのメッセージ
- 実は、この質問は、一般教育科目の授業では2回目に聞いている質問です。「数学の方法」のページなどにそのコメントがあります。そちらは、インクラスQuiz なのでメッセージも多少雰囲気が異なりますが、いつも、私より、少なくとも25年(じつは35年ぐらいになってしまいました)は若いみなさんの夢を楽しみに読ませてもらっています。最近は、もう、わたしは25年後はこの世にいないだろうなと考えながら、コメントを読んだり、返事を書いたりしています。
- わたしは、教育にたずさわっていることもあり、将来のことをよく考えます。25年後には、みなさんはその時代の中心的な世代、一番活躍しているときだと思います。その時に大切なこと、それを今から考えていたい。それを考えながら、みなさんとの時間を大切にしたいと思っています。最近特に感じるのは、世界の動きに比したひとりひとりの存在価値の小ささ、無力感、そして、同時に、一人一人、個人の価値の大きさです。以前は、何も知らなかったからかも知れませんが、世の中の指導的な人々が良識ある判断と行動をしていれば、問題は山ほどあっても少しずつ良い方向に向かっていくのではないかという楽観主義の下で、ある部分を批判的に見たり、自分はどのようにその世界とかかわっていこうかと考えたりしていました。しかし、もう人間の手をはなれてしまったような資本主義・自由経済のもとでの、軍事大国や、多国籍企業などが、そのリーダたちが意図できであるか意図的でないかにかかわらずもたらす社会の不公正、格差の固定化、環境対策や、エネルギー問題のなかで、結局地球という有限の世界の中、ある限られた時間の中では、地球以外の世界へ生活を広げることが不可能であること、を考えると、一般的な楽観主義(啓蒙時代には、それが強く光り輝いていましたが)のもとでの人間の努力ではあと200年ぐらいしか人類はもたないのではないかという悲観主義に圧倒されてしまいます。価値のある世界観はやはり現実的であると共に楽観的でなければいけないと考えています。そのなかで始めて倫理観も問えるはずだから。おそらく、その第一歩として為すべき事は、新しい価値観を生み出し、個人のレベルで少しずつ共有できるものを築いていくことなのかなと考えています。それには、まずは、教育。すべての人の成長を援助する教育だと思っています。この辺にしておきましょう。皆さんに期待しています。C-Week Open House に来ませんか。
- 「すべて真実なこと、すべて尊ぶべきこと、すべて正しいこと、すべて純真なこと、すべて愛すべきこと、すべてほまれあること、また徳といわれるもの、称賛に値するものがあれば、それらのものを心にとめなさい。」(口語訳新訳聖書、ピリピ4章8節)
MID : a) これまでの数学通論 I (BCMM I) について。
(b) 改善点など何でも書いて下さい。
- 情報量が多くてムズカシイです。
- (a) なんとかかんとかついていっている感じ。(ついていけてないことも。)
(b) 特にないです。
- (a) 適度なスピードなので、ものすごくおいていかれてしまっていることがない。
(b) 問題の解説は、時間通りに終わるようにして欲しい。
学生へのメッセージ
- かなりの割合の人が、よく宿題も、練習問題もついてきてくれていると思います。数学の作法に慣れるのは、大変ですが、論理的証明の基本です。何を証明するのか、整理して、そのためには、何をしなければいけないかを考え、そのことを書いて下さい。無論、問題自体も難しいと、そこまでいけないこともありますが。いつでも質問に来て下さい。待っています。
QUIZ5 : Mid の (a) (b) および (c) 中間試験について。
- テストのほうには、情報量が多いと書きましたが、今考えると、そうではなく、今までやってきた数学と趣が異なるため難しく感じるのかも知れません。そのせいか、「わからない」が「理解できない」より「何がわからないかわからない」に近い気がします。それぞれ何が議論の中心なのか、を強調しながら、進めて頂けると、わかりやすいかも知れません。中間試験は、今改めてやってみると、そんなに難し問題ではないんだと気づきました。今学期は、exchange の準備で、なかなか勉強の時間がとれなくて・・・というのは言い訳ですね。時間をもっと効率的に使って頑張ろうと主増す。やはり、講義を聞いたり、教科書を読んだりして、何となく理解してるだけでは全然理解していることにはならず、その解法を自らで再現することはできないだなと痛感しました・やはり、Math is not spectator's sport ですね。心を入れ替えて頑張ります。
- 数学的な説明が何なのか今までよくわからなかったのですが、だんだん「書き方」みたいな物が見えてきました。こんなところを変えると良い、といった改善点を指摘して頂けると助かります。
- 難しいですね。整数論あたりは、もっと掘り下げないとわからないかも。有理数、無理数もまだ曖昧なままです。
- (a) これまでが序の口と思うと、長い道のりですね。(b) 説明がていねいなので、助かっています。あと、半学期宜しくお願いします。
- このままで良いと思います。
学生へのメッセージ
- メッセージありがとう。点数からしても、苦労している人が何人もいますね。しかし、それは、殆どのひとにとって大変なことです。一つ一つ整理して、解答を見て、なぜ、そのように書くのかも考えて下さい。なるべく、解答だけでなく、解説も書こうと思います。
QUIZ6 : 中学・高等学校などで、数学がきらいまたはとても苦手だと思っている生徒が多いようですが、原因は何でしょうか。改善方法はありますか。
- 小学校時点での算数教育と、中学校の数学教育の差、中学校時点での数学教育と、高等学校の数学教育の差、特に中・高で、教育課程の震度の差は甚だしいのでは無いでは?僕は、小・中・高で生きてきましたが、殊に数学教育は長いスパンで見なければならないと思う。
- 数学脳という言葉もあるし、もともと数学に強い人、弱い人はいると思う。それがそのまま数学嫌いにつながることも、めずらしくないかも。(得意、不得意が、好き嫌いに直結するパターンが多い気がする。)
- 大きな原因は、「思考離れ」にあると思います。そして、その大きな原因は、情報の氾濫であると私は考えます。勉強について言えば、予備校や参考書などが「これをやれば、絶対合格」などと唱い、それらに多くの需要が集まっています。これは、多くの人がどうすれば、成績が上がるか、といったことを自分で考えようとはせず、他に「答え」を求めようとしている、と言えると思います。つまりそれらの情報が、わざわざ自分で考えなくて済む様な状況を作りだしているわけです。最近の受験ゲームにのってか「我が子を有名私立に入れる方法」といった広告をよく電車などで見ますが、見るたびにバカげた世の中だなと思います。こういった現象は勉強関係に限らず、最近(といっても私自身最近の人間ですので昔のことはわかりませんが・・・。)特に目立つ気がします。今の世の中、何事にも頼るところがありすぎるため、自分で考えて、自分から主体的に行動しようという意欲が失われつつあるのではないでしょうか。自分もついつい他に頼ろうとしてしまい、その度にイカンイカンと思っている次第です。それらを供給する供給が悪いのか、それともついついそういったものに、手を出してしまう我々消費者が悪いのかわかりません。おそらく両方でしょう。
話はずれましたが、数学離れもそのことが、原因ではないでしょうか。そう言った「思考停止」した人たちが数学をやろうとすると、とにかく全ての公式を暗記しようとする暴挙に出て、結局数学から離れて(受験の段階では)暗記だけである程度は済む社会系の科目に移ってしまうのでしょう。実際そう言う人をたくさん見てきました。改善策は難しいですね。とりあえず「思考」にもっと重きを置いた教育を小さいころからする、といったありきたりな答えしか浮かびません。何か出来合いのものを教える上でも、そこに至った思考の「追体験」をさせることが重要なのではないでしょうか。
- 問題の形式が決まっていたり、公式の暗記などで堅苦しいからではないでしょうか。何かの話で日本は、1+2=□という問題だけだが、フィンランドでは、□+□=3など問題が自由だと聞きました。
- 大学に入ってから高校で使わなかった記号とかが多くなったので、勉強を理解して進むペースが遅くなってしまいます。
- 知的好奇心をそそられないからではないでしょうか。こんなことがわかると面白い!というアプローチがないとわからない+つまらないの二重の悪いところが出てしまうので、なぜ、どこがわからないのかをとことんまで突き詰めて一緒にやっていくしかないと思います。
- 先生の教え方や数学を受ける姿勢。
- 中学時代の数学嫌いと、高校時代の数学嫌いには、だいぶ差がある気がします。まず、中学時代に数学嫌いだったら、高校に行っても、嫌いなままだと思います。(まわりをみていて)そういうひとがなぜ嫌いなのかはわかりません。親の影響でしょうか。高校に入って嫌いになる人には、きっと(思いつく限り)2種類いて、それは、(1)ついていけなくて、できないから嫌いになる。(2)楽しくなくなる。だと思います。(1) については、高校数学のレベルについていけなくなって、嫌になる場合です。これは、本人が頑張るしかないでしょう。(2)については、先生の影響が大きいと思います。高校時代の科目の好き嫌いは、どの先生にあたるかに大きく左右されると思います。必ずしもそればかりではないと思いますが。先生のレベルアップが大事だと思います。
学生へのメッセージ
- 子曰、学而不思則罔。思而不学則殆。(学びて思わざれば則ち罔(くら)し。思いて学ばざれば則ち殆(あや)うし。)「罔し」は道理がわからない。「殆うし」は独断に陥って危険。孔子も Critical Thinking と且つ学び続けることのバランスを説いたのでしょうね。
- 数学に限らないのかもしれません。自分の頭でしっかり理解する。そのように考える理由も自分自身に問う。このことがなければ、数学は成立しません。最近、Enlightment に興味がありますが、中世から、啓蒙時代へと市民が自ら考え判断する社会へと移ってきたわけですが、そして、民主主義なるものを考えても、一人一人が考えて判断することが基本となっているわけですが、人間の性質、傾向は必ずしも、それを望んでいないのかも知れません。このような思考方法がもっとも如実に表れるのが、数学であるように思います。そして、証明、論証です。特別の訓練を大学で受けている皆さんには、自分でしっかり考える義務と責任があると言うことでしょうか。みなさんに期待しています。これからも、このテーマに関するメッセージ、待っています。
QUIZ7 : 数学で(または他のことを勉強していて)感激したこと、面白いと思ったことがあったら、そのことについて教えて下さい。
- なにか帰納法の強化版がイマイチわからないです。
- 世界中で 10進法が通ること。手の指が8本だったら8進法だったかな。としたら2は優れた数ですね。
- 相対性理論を解説した本を読んだときはとても感激しました。
- 数学は(特に定理が証明されたときに)自分の想像力がいかにちっぽけで、その外には果てしなく広い世界が広がっていることを教えてくれます。その度にただただ感激するばかりです。
- この Quiz の設問 2 のような問題をやると面白いと思います。
- やっぱり問題が解けたとき。逆に解けないと、頭がガンガンしてきます。
- 悩んでいた問題の解法が浮かんだときはいつでも嬉しくなります。先生の小クイズは、難しさとひらめきやすさのバランスが丁度よくて楽しいです。
- サイン・コサイン・タンジェントが視覚にしっかり表せたときは感動した。三つ葉や、四つ葉のような形が式で表せたり、y = x3 のグラフ。
- 新たな知識を得たとき。また、新たな理解が得られたとき、等々。
学生へのメッセージ
- メッセージありがとう。知的感動は大切にしたいですね。その中でも、数学を通して得られる感動は独特、他では得られないような気がします。何故でしょうね。問題が解けたとき。ぱっと世界が開けたとき。新しい理論に納得できたとき。具体的な物と、それを表す式や理論が結びついたときもそうかもしれません。無論、知的感動は数学以外でもいろいろありますが、みなさんとちょっとでも、数学に於ける知的感動が共有できたらと願っています。しかし、同時に、数学の知的感動は、一人でにたーとする面もあるかも知れませんね。人には伝えることのできない、しかし、自分の存在全体で感じるような。
QUIZ8:あなたが尊敬する、または、魅力的だと思う人は、どのような人ですか。そのほか何でもどうぞ。
- 集中力が続く人。切り替えが上手な人。
- 自分の表現できないものを表現する人。
- 自分の分をわきまえ、その分に誇りを持てる人。
- 自分が努力を怠る人間なので、努力できる人は尊敬します。ただ、いくら頑張ってもその人にはなれないのですから、他人を尊敬している暇があったら自分を磨こうと思っています。
- 人生を楽しんでいる人。何かに追われているときはそんな人の様にゆとりをもって日々を過ごしたいものです。心のありようの問題ですが。
- 自分にはない表現力を持つ人。
- 何か一つでも、人に得意になれるものを持っている人。たとえば、メジャーリーグの松井選手や、イチロー選手のような。
学生へのメッセージ
- いろいろとメッセージありがとう。今学期もあと少しですね。一学期ではかなりたくさんのことを学ぶものです。知識と言うより、論理的な繋がりをしっかり理解して下さい。練習問題や、小テストをしっかり復習して下さいね。小テストとその答えも役に立つはずです。
- 人のことを魅力的だと感じることにも何通りかあると思います。自分に無いものに惹かれること。これは単に羨ましいこともあるでしょうが、努力目標になることもあるでしょう。しかし、単純に、すばらしいと思うこともあるのではないでしょうか。自分とは、切り離して、すばらしいひとが、またはある面ですばらしい魅力を持った人が自分のまわりにいることを認めることは、それだけで素晴らしいと思います。生き生きして生きていないとその魅力を認めることができませんし、自分が生きている世界の広がり、深さを認識することも素晴らしいと思うので。東京女子大学の図書館だったと思いますが、ピリピ人への手紙の次の言葉が書かれています。「すべて真実なこと、すべて尊ぶべきこと、すべて正しいこと、すべて純真なこと、すべて愛すべきこと、すべてほまれあること、また徳といわれるもの、称賛に値するものがあれば、それらのものを心にとめなさい。」自分のめがねで見る以外、人は、物を見る目を持っていませんが、それでも、単純に驚き、感じることは、価値があるのではないかな。ちょっとトピックとはずれてしまいました。
QUIZ9:ICU を選んだ理由は何ですか。ICU をより魅力的にするにはどうしたら良いでしょうか。
- 国際公務員になりたかったから。色々なことを同時にアピールするのは止めた方がいいと思います。
- 日本に住みたかった。
- 立地条件 etc. で決めました。
- 英語を伸ばしたく、また専攻以外でも興味のある分野について触れやすいカリキュラムになっていたため。すでに充分魅力的だから、あとは、こんな魅力的な大学があるんだということをもっと知ってもらえれば人が入ってさらに魅力的になるのでは。
- ICU内の交通の便を良くして欲しい。
- リベラル・アーツだったから。(改善方法は)パッとは思いつきませんが、自分にとっては今のままで充分です。
- リベラル・アーツだから。(改善方法は)コンフリクトを少なくする。
学生へのメッセージ
- メッセージありがとう。この授業の履修者の半分は、先学期、わたしが教えた、線形代数学 II を受講した人たちで、そこでも同じ質問があったので、そのために書かなかった人もいるかと思います。
- わたしは、基本的に、ICU は今のままでよいから、より良くできるように、細かいところを修正して、少しずつよくしていけばよいのではと思っていました。細かいところとは、学内の施設の改善(屋根のついた自転車置き場とか、ILC と理学館の間の屋根等)とか、教育システムの改善(時間割のコンフリクトを減らすためのシステムの開発とか、授業効果調査の有効利用等)とか、学生と教員・職員・理事などの対話の機会を増やすとか、学生と一緒に新しいコースを創るとか。でも、どうも、今の大学はそのようには、動いていないようです。一つは、現在が充分良いことの認識と、何が良いかの理解と、その良さを生かすのは何かなどを検討することが十分ではないのかなと考えています。新しいシステム、大いに心配ですが、そのシステムのもとで、どのようにしたら、リベラル・アーツ教育、そしてその中での数学教育を充実したものにしていけるかを、考えて実践していきたいと思っています。アドバイスをお願いします。9月から新しい先生が来られ、数学の先生また専任が4人になりますが、良いチームだと思います。協力して、リベラル・アーツのなかの数学教育に貢献していきたいと考えています。
Final : (1) この授業について。特に改善点について。
(2) ICU の教育一般について。特に改善点について。
- (1) 特にありません。良かったと思います。
- (2) 数学はCLA の Core Course にしても良いのでは?
- (1) あまりの深さに若干だじろぐ部分もありました。
(2) 私の意見はもう充分おわかりかと。
- (1) 印象だけで嫌いと思っていた証明も勉強するとけっこう楽しかったです。
- (1) うーん。
(2) 教育の幅が一人のは良いが、専門ごとにわけたときに、それを履修する生徒の人数のかたより具合はちょっと。入学時に、大体きまってると、逆にやりやすいかも。
- (1) NetCommons の Cabinet の Lecture 毎に Up したが、日付はフォルダの作成日で振られていたため、フォルダの作成より後にフォルダ内にファイルをアップするといつファイルがアップされたかが、見落としがちになる。(例:Quiz, 中間試験の解答など)のでアップ日毎にフォルダーを作るのが良いのでは。
演習がしばしば7時限目に終わらない。おそらく最初の人が黒板に書くのに時間を取りすぎ。
(2) NS と他学科の時間割がフレキシブルのなさ。新時間割でNSはどう科目で単位の整合性を保つのでしょう。4時限がすべてロングだとやりにくい。2単位の実験がやりにくいのでは。
- (2) 漢字をもっと。
- (1) あたりまえとして扱っているものを証明するという考えが難しかったです。
- (1) テストの時間勘違いしてました。
学生へのメッセージ
- メッセージどうもありがとう。頂いたメッセージは何回も見直して、生かしていきたいと思います。一学期間ありがとう。今後とも宜しく。わたしというよりも数学を。