Last Update: April 18, 2026

2026年読書記録


LATEST BOOKS(J) HOME
  1. 「アルカイダ ビンラディンと国際テロ・ネットワーク AL-QAEDA」ジェイソン・バーク(Jason Burke)著 坂井定雄・伊藤力司訳 講談社(ISBN4-06-212476-9, 2004.9.10 第一刷発行)
    出版社情報・目次。著者については、「1970年ロンドン生まれ。英国の『ロンドン・オブザーバー』紙、チーフ・リポーター。取材記事での受賞歴もある気鋭のジャーナリスト。10年にわたって中東、南西アジアを取材した成果をまとめた初の著作。」とある。現地での丁寧な取材が、ビンラディン、アルカイダ、イスラム過激派を丁寧に描いている。ほとんど、詳細を知らなかったが、評価はあまり書かないことで、かえって説得力もある。オバマ大統領のときに、ビンラディンは、殺害されているが、そのビデオ中継に違和感を持ち、しっかりと背景を理解しないといけないと感じた。むろん、背景には、ソビエト連邦共和国のアフガニスタン侵攻の失敗。人々の注目を集めた、2001年9月11日のニューヨークでのテロ、その後の、アメリカ合衆国のアフガニスタン侵攻、タリバンを政権から追い出すが、結局、アメリカは、アフガニスタンから撤退、すぐタリバンが政権を取り戻す。このような歴史の背景を理解するのにも、基本的な本だと思う。ビンラディンという一人のひとに焦点を当てるのは間違っているのだろう。それゆえに、今後も、様々な形で、イスラム過激派のテロは起こるのだろうと思った。難しい問題の最初の部分を学ぶことができた。と言っても、一回読んだだけでは、まったく不十分である。この本ももう一度読みたいし、他の本からも学びたい。以下は備忘録: (2026.1.4)

  2. 「十五年戦争小史」江口圭一著 ちくま学芸文庫(ISBN978-4-480-51006-8, 2020.10.10 第一刷発行)
    出版社情報・目次。著者による愛知大学での長年の授業のテキストとして、まとめたもの。二十四回の講義を想定して、コンパクトにまとめいる。何度も手を加えて取捨選択したあとが見える。天皇への批判も明確に描かれており、そのこともあって、「十五年戦争」ということばに、反対をするひともいるのだろうと推察される。これは、ひとつの見方であり、本来は、中国や、東南アジア、南西諸島、そして、米国、英国、オランダ、オーストラリアなどの視点もなければいけないのだろうが、それは、また、他の書になるのだろう。何冊か読んできていることもあり、非常によくまとまっているという感じをうける。以下は備忘録: (2026.1.16)

  3. 「雪とパイナップル」鎌田實著 唐仁原教久画 集英社(ISBN4-08-781307-X, 2004.6.30 第一刷発行)
    出版社情報紀伊國屋書店:目次情報など。ICU教会礼拝説教で、北中晶子牧師が引用されたので手に取った。チェルノブイリ原発事故のあと、風向きの関係で、北にあるベラルーシに黒い雨とともに、放射性物質が降り注ぎ、そこで、多くの子どもたちが白血病になり、それを支援に出かけた、諏訪中央病院の鎌田實医師のが書かれたものである。作家としてもいくつもの本を出版されているとのことである。医療が遅れていたが、ちょうどゴルバチョフ書記長のもとで、改革開放が進み、ソ連崩壊の直前1990年に、隣国のベラルーシ(しろいロシアの意味)で支援活動に入る。アンドレイくんの話が中心で、どうしてもたべたいというパイナップルを求めて雪の中をさまよったヤヨイさんという支援のかたと、それを聞きつけて、缶詰を提供してくださったかた、そして、それをたべて一時回復したつながりのことなどが書かれている。1996年6月にゴメリ州立病院に急性リンパ性白血病で入院、2000年7月にアンドレイくんは、亡くなっているが、しばらくたって鎌田医師がその家を訪ねたときのエピソードで終わっている。以下は備忘録: (2026.1.19)

  4. 「源氏物語 全8巻+別冊付録 第三巻」上野榮子訳 日本経済新聞出版社(ISBN978-4-532-17086-8, 2008.10.30, 第一刷発行)
    出版社情報・目次。第二巻を読んでから、一年が過ぎてしまった。この第三巻は、十四帖 澪標(みおつくし)・十五帖 蓬生(よもぎう)・十六帖 関屋(せきや)・十七帖 絵合(えあわせ)・十八帖 松風(まつかぜ)・十九帖 薄雲(うすぐも)・二十帖 朝顔(あさがお)・二十一帖 少女(おとめ)・二十二帖 玉鬘(たまかずら)が含まれている。実は、今まで気づかなかったのだが、別冊付録として「源氏物語登場人物系図」が各帖ごとに作成されていて、非常にわかりやすい。今までは、ネット上の人物相関図などを印刷して参考にしていたが、この別冊付録の方がわかりやすいと思う。むろん、全体像は、もっと複雑なリンクがついていないとわからないだろうが。生誕の秘密が明かされたり、交わったりあたりのところが、深く入らず描かれており、よくわからなくなることもあるが、それが女性が著者の奥ゆかしさだろうか。ネット上に、あらすじなども書かれており、どこまで正しいかちょっと疑わしいが、続けて、読んでいきたい。
    (2026.1.25)

  5. 「『昭和』という国家」司馬遼太郎著 NHKBOOKS [856] 日本放送協会(ISBN4-14-001856-9, 1999.3.20 第1刷発行, 1999.4.10 第2刷発行)
    出版社情報昭和デジタル・アーカイブ 目次情報。1986年5月19日からNHK教育で放送された12回のシリーズをまとめたものである。最後に、田中彰氏の「雑談『昭和』への道」のことなどが付されており、歴史的な考証からの注意が書かれている。これからも、司馬遼太郎は、歴史家ではなく、小説家で、歴史上の人物一人ひとりから、歴史を考えるひとであることがわかる。学問的な考証とは、異なるが、学者にはない視点もいくつもあり、興味深く読んだ。司馬遼太郎は、1923年の生まれで、1996年2月12日に亡くなっている。戦車連隊に属し、敗戦のときが、22歳。大阪外国語学校蒙古語科卒業、その後、産経新聞社に努めている期間もある。基本的に、江戸時代は、多様性に富み素晴らしい時代、明治もよいが、大正はとばして、昭和の前半、敗戦の20年までは、魔法にかけられたような日本ではないような時代だったと何度も語っている。論理的なことを求めてはいけないのだろう。以下は備忘録: (2026.2.2)

  6. 「プログラミング知識ゼロでもわかる プロンプトエンジニアリング入門 第2版」掌田津耶乃著 秀和システム新社(ISBN978-4-7980-74504 2025.4.6 第1版第1刷発行)
    出版社情報・目次。OpenAI, Google AI Studio, Vertex AI Studio, Anthropic Console, Cohere などの playgroud を使っての、プロンプトの書き方、そして応用として、Perplexity の space による簡単なアプリのようなものの作り方まで書かれており、勉強になった。最後には、プロンプト攻撃とその対策や、ハルシネーションの対策も書かれていて、ノートを作って読んだ。arXiv からの引用されている論文なども多く、深く学ぶこともできるようになっている。すこし、それに頼りすぎて、その紹介のようになっている面はあるが、基本は、説明されているように思う。すこし、自分で、プロンプトエンジニアリングをしてみようという気になった。つぎは、Google AI Studio についても学んでみたい。
    (2026.2.2)

  7. 「リベラルなアメリカの『失われた魂』たち 福音派とスコッツ・アイリッシュの世界」山本貴裕著 彩流社(ISBN 9784779130861, 2025.11.25 第一刷発行)
    出版社情報・目次。トランプ派を支える人たちの謎を問いていく一つの方向性としてある、福音派。アメリカで、およろ五年間、その中にいたこともあり、報道には、納得できないものを感じていた。ただ、明確には答えられない。福音派も一筋縄ではくくれないからである。具体的に、いろいろな人の顔を思い浮かべながら、考えてきた。また、私よりもさらに、近くにいるある日本人が、福音派のなかにも分断があり、トランプ支持者かどうかで、分裂が起こり、なかなか難しい状況にあるとも聞いた。それを解き明かす、一つの道として、本書に提示されている、スコッツ・アイリッシュの世界の理解はたいせつだと感じる。同時に、アンナ・カレーニナ原則からも、そう単純ではないだろうことも、感じる。知性派の議論は、あるいみ、クリアだが、ドロドロとした部分を、解き明かすことからは程遠いことも感じる。そうであっても、森本あんり著『反知性主義』(新潮選書)も読んでみたくなった。以下は備忘録:
    • 「これらの試みは、心理学者カール・グスタフ・ユングのいう『個性化(individuation)』の過程にも似ている。『個性化』とは、個人が社会的に機能するためにかぶることを覚えた『ペルソナ(外的仮面)』に覆い隠された、自らの『シャドウ(影)』の部分を認識し、受け入れ、それとの対話を通して本来の自分のすべてを取り戻す統合の過程である。個人の場合と同じように、リベラルが主流を形成してきた二〇世紀のアメリカ宗教やアメリカ社会から追放された魂たちがいた。一九二〇年代のファンダメンタリスト対モダニスト論争に敗れた『ファンダメンタリスト』たちの魂である。それは、『寛容』で『進歩的』なリベラルが支配する二〇世紀アメリカ社会の影で、『非寛容』かつ『反動的』なシャドウとして存在し続けた。さらに、『ファンダメンタリスト』は、二〇世紀後半に『福音派』や『原理主義者』や『宗教右派』などに形を変えて、アメリカ社会の表舞台に再び姿を現したが、今度はこれらの新しい呼称に括られ、彼らがもともと有していたそれぞれの個性が再び覆い隠された。つまり、これらの魂たちの本来の姿は、アメリカ社会から二重の意味でみえにくくなっているのである。」  s(p.6)
    • 「だが、この年、スコッツ・アイリッシュの存在を最もアメリカ社会に印象づけたのは、おそらく、トランプ勝利の数ヵ月前に出版され、ベストセラーになった『ヒルビリー・エレジー』であろう。アパラチアのスコッツ・アイリッシュの家系に生まれ、その独特の文化のなかで育った主人公が、貧困と暴力に満ちた環境から這い上がり、成功するストーリーが人々を惹きつけた。また、この本はトランプを支持する労働者階級のことを理解しようとする主流メディアによっても大きく取り上げられた。この本の著者は、J・D・ヴァンスである。彼はこの本で一躍有名になり、二〇二三年には政界に進出し、オハイオ州選出の上院議員となった。この頃の彼は『反』トランプ派であったが、二〇二四年の大統領選挙ではトランプによって副大統候補として選ばれ、現在はトランプ政権で副大統領を務めている。『ヒルビリー・エレジー』は二〇一六年六月二八日に発売され、『USAトゥデイ』紙のベストセラーリストに四九週間掲載された。二〇一七年六月二五日にNBCの『サンデーナイト・ウィズ・メーガン・ケリー』で特集されると本の売り上げが急増し、その直後に同リストでトップに達した。二〇二〇年にはNetflixで映画化もされた。二〇二四年七月一八日の『タイム』誌の記事によれば、『ヒルビリー・エレジー』は発売以来、『ニューヨーク・タイムズ』紙のベストセラーリストで六〇週以上首位を記録していると報告されている。』(p.10)
    • 「『ファンダメンタリスト』という語を初めて用いたのは、アメリカの北部バプテスト教会の牧師カーティス・リー・ローである。一九二〇年、彼はこの語を初めて用い、キリスト教の「ファンダメンタルズ(根本原理)を守るためにバトルロイヤル(大論争)を繰り広げる用意のある者たち』と定義した。この際の『ファンダメンタルズ』とは、キリスト教が伝統的に有していた『ストーリー』を構成する諸要素である。そのストーリーとは『神は人間を愛するあまり、一人息子のイエスをこの世に遣わされ、そのイエスは人間の罪を背負って十字架にかかり、彼を信じる者が永遠の命を得ることができるようになった』というそれである。このストーリーは『福音(Gospel)』と呼ばれる。』(p.26)
    • 当調査によると、二〇一四年現在、『福音派プロテスタント教会』は合衆国の一八歳以上人口の二五・四%を信者として抱えており、カトリックの二〇・八%や主流派(リベラル)プロテスタント教会の一四・七%などを抑え、アメリカ最大の宗教的伝統を形成している。」(p.59)
    • 「一九九〇年代に社会学者ナンシー・アママンが、南部バプテストをその信条と自己アイデンティティの組み合わせにもとづき五グループに分類している。この分類法はこの章の最後で触れるように、現在においてもかなりの程度、有効性を保っていると考えられる。(a)自称ファンダメンタリスト――南部バプテストの一一%は強いファンダメンタリスト的信条(聖書の無謬性・前千年王国説など)を持ち、自らを『ファンダメンタリスト』と呼ぶ。運動指導層の大半がここに属すが、彼らは自らをPRする際には『ファンダメンタリスト』という語を用いない。(b)ファンダメンタリスト的保守派二二%は強いファンダメンタリスト的信条を持ちながら、自らを『保守派』と呼ぶことが多い。神学においては無謬性支持者だが、教派に対して強いアイデンティティを抱く。(c)保守派——五〇%は保守派の信条をもち、彼らのほとんどが自らを『保守派』と呼ぶ。神学的にはかなり保守的であるが、ファンダメンタリストの信条を完全には共有していない。昔ながらの保守的教派に対して強い忠誠心を持つ。(d)穏健的保守派-八%は穏健派の信条をもち、聖書理解においてファンダメンタリストの方法のほとんどを拒否する一方で、自らを『保守派』と呼ぶ。教派エスタブリッシュメントの多くがこの範疇に属する。(e)自称穏健派-九%は穏健派の信条をもち、かつ自らを『穏健派』と呼ぶ。彼らは聖書についてのファンダメンタリストの信条を共有せず、ファンダメンタリストのやり方は間違っていると躊躇せずに言う。」(p.67)
    • 「一方で保守派は、彼らがSBCの誕生から二〇世紀半ばまで維持されてきたと主張する保守的神学の伝統との連続性によって、バプテストのアイデンティティを定義する。モーラーは保守派を『真理派』と呼ぶ。真理派は自由派と同様に信教の自由や魂の能力を支持するものの、こういったバプテスト派特有の強調点は『国家の強制力』に対する防御として発展したものであり、『自発的団体の自己定義』に対する防御として発展したものではない(つまり、SBCが自らの神学的境界線を定めることを妨げるものではない)と付け加える。モーラーの分析は保守派の一人のそれとしての限界を持つが、複数のグループからなる穏健派と保守派を統一している思想を端的に表している点で、大変有用である。」(p.68)
    • 「一九二五年テネシー州デイトンで開かれたスコープス裁判(通称『サル裁判』では、公立学校で進化論を教えることを禁止したテネシー州の法律(バトラー法)に違反して進化論を教えたかどで高校教師のジョン・スコープスが有罪判決を受けた。[スコープス裁判に関する神話] (1)宗教vs科学という神話(2)反進化論運動は南部の田舎者の運動であるという神話」(p.79)
    • 「そのうち『オンリー・イェスタデイ』では、スコープス裁判は『科学と宗教の戦い』として描かれ、科学が宗教に勝利した歴史的瞬間として強調されている。だが、実際の裁判は、進化論そのものの是非よりも『教育の自由』や『憲法修正第一条の州法への適用』に関する法的論争が中心だった。」(p.80)
    • 「この点について、クロスは、興味深いことを述べている。クロスによれば、一八三七年の恐慌とともにウルトラ主義の運動は急速に崩壊し、ファンダメンタリズム(現在の福音派のルーツ)とモダニズム(現在のリベラルのルーツ)この点に分極化した。ファンダメンタリズムの方向に進んだ者たちは、聖書の字義通りの解釈を重視し、個人の魂の救済に重点を置くようになる一方で、社会改革への情熱を失った。それに対して、モダニズムの方向に進んだ者たちは、聖書解釈を柔軟に考える一方で、宗教的な救済よりも社会改革に重点を置くようになった。クロスが前者の例として挙げた運動には、キリストの再臨が一八四三年三月二一日と一八四四年三月二一日のあいだに起こると予言したミラー派が含まれ、後者の例として挙げた運動には、伝統的な『三位一体』を否定し神は一つであると主張したユニテリアンや、理性よりも内なる直感を重視した『超絶主義者(Transcendentalists)』が含まれる。」(p.109)
    • 「エドワーズによれば、リバイバルはまず、人間の罪深さと、罪深い人間によるあらゆる行為の卑しさを自覚し、神の裁きの正当性を確信することからはじまる。エドワーズはこのように人間の罪深さの現実を強調すると同時に、そんな彼らにも、キリストを通して真の安らぎがもたらされるという神の救済の現実も強調した。エドワーズは回心者の変化についても典型的なパターンを記述する。かつて神の怒りを恐れ、罪悪感のなかで絶望していた者たちは、聖霊の働きにより突如として目を開き、神の恩寵の偉大さを知り、救済の確信を得て、心が歓喜に満たされ、涙と笑いが同時にあふれ出す――。とくに、エドワーズが詳細に記した若い女性と四歳の少女の回心物語は、多くの人々にとって霊的な探求の手本となった。」(p.120)
    • 「メイチェンが『モダンな国家』における『個人の選択』の領域の縮小傾向を象徴するものとして、当時、とくに憂慮していたのが、教育の分野における動向であった。メイチェンは『功利主義的教育』の弊害を次のように告発する。モダンな国家の教育の目的は『最大多数の最大幸福』にあり、それは多数派の意思によって決定される。したがって、そこでは『特異性』は忌避され、学校の選択は親から取り上げられ、国家の管轄下に置かれる。」(p.136)
    • 「ハートによれば、アメリカ宗教史における最も重要な分類法は、社会的救済に関心を持つ『リベラル』と、個人的救済に関心を持つ『保守派』という二分法ではなく、宗教は公的領域において役立つべきであると考える『敬虔主義者(pietists)』と、教会は社会の公的領域とは一線を画し、教会という私的領域内で信仰の諸形式(信条、儀式、教会統治など)を守ることに専念すべきであると考える『告白主義者(confessionalists)』という二分法である。敬虔主義者は『聖』の領域と『俗』の領域を区別しないのに対して、告白主義者はそれぞれの領域をコンパートメント化し、区別する。(Hart, The Lost Soul of American Protestantism (American Intellectual Culture))」(p.141)
    • 「第一に、スコッツ・アイリッシュ自身が自らの民族的アイデンティティを強調しなかった。彼らはアメリカ社会に溶け込むことを優先し、他の移民集団のように『スコッツ・アイリッシュ系』としての強いアイデンティティを保持しなかった。また、他の民族と頻繁に通婚し、文化的にも排他的ではなかったため、次第に独自性が薄れていった。第二に、スコッツ・アイリッシュはしばしば『WASP(ホワイト・アングロサクソン・プロテスタント)』や『イギリス系アメリカ人』としてひとまとめにされ、彼ら特有の文化や歴史が無視されてきた。彼らが、ニューイングランドのピューリタンや、バージニアのジェントリーとは異なる文化背景を持っており、白人でありながら黒人と同様の貧困状態にあったにもかかわらずである。第三に、スコッツ・アイリッシュは、単に『アイリッシュ(アイルランド系)』と分類されることが多い。実際には、スコッツ・アイリッシュはアイルランドに渡ったスコットランド系プロテスタントであり、後のアイルランド系移民(多くがカトリック)とは異なる歴史を持つ。第四に、現代のアメリカでは『政治的正しさ(political correctness、以下『ポリティカル・コレクトネス』)』ゃ人種・民族問題に関する意識の高さ(最近の言葉で言えば『ウォーク(woke)』であること)が要求されるなかで、公立学校でスコッツ・アイリッシュの歴史や功績を公に称えることが難しくなっている。(ウェッブ James Webb が二〇〇四年に著した『ボーン・ファイティング Born Fighting』)」(p.152)
    • 「一七世紀に、イングランド国教会関連の英語の語彙に興味深い変化がみられた。イングランド国教会は『エスタブリッシュメント(establishment)』と呼ばれるようになり、国教会の教会員は、自らを『コンフォーミスト(conformist)』(形を合わせる人々、体制に従う人々)と呼ぶ一方で、国教会の礼拝の形式や祈祷書の使用を義務づけた『礼拝統一法(Act of Conformity)』(一六六二年)に従うことを拒否した者たち、たとえば長老派やピューリタンなどは、『ノンコンフォーミスト(nonconformist)』(形を合わせない人々、体制に従わない人々)と呼ばれはじめた。再びウェッブの言葉を借りれば、『アメリカにおけるスコッツ・アイリッシュの政治的・社会的貢献を表現するのにこれ以上ふさわしい言葉は見つからない。なぜなら、彼らはアメリカ初の急進派となったからである』。」(p.184)
    • 「ジャクソンが『銀行戦争』を生き延びたのは、この問題をマスコミや政治家の密室に留めることなく、直接、人民に訴えかけたからだった。ジャクソンが拒否権行使の際に議会に送った次のメッセージは、ジャクソン流民主主義の最も強力な表現であった。才能や教育、富の平等は、人間の制度によって生み出すことはできない。すべての人には、天の恵みと勤勉さ、節約、美徳の果実を十分に享受するうえで、法による平等な保護を受ける権利がある。だが、法がこれらの自然で正当な優位性に人為的な区別を付け加え、富める者をより富ませ、力ある者をより強くしようとするとき、私たちの社会の謙虚な成員である農民や職人、労働者たちは、自分たちの特権を確保する時間も手段も持たないとはいえ、政府の不正に対して抗議する権利を有している。」(p.247)
    • 「だが、ジャクソンが守ろうとした諸州の連合は、彼の死後、崩壊に向かう。一八六一年から一八六五年まで続いた『南北戦争(Civil War)』第1章で言及した映画『シビル・ウォー』の英語の原題は、もともと『南北戦争』を表す言葉であり、現在のアメリカも同じような分断状況にあるという強烈なメッセージが込められている――では、サウスカロライナ率いる南部の連合がアメリカ合衆国から離脱し、それを力づくで阻止しようとした北部とのあいだで激しい戦闘が繰り広げられた。戦死者の数は約六二万人に達し、アメリカ史上最大の犠牲をもたらした戦争となった。南北戦争の戦死者の多さは、第一次世界大戦の約一一万、第二次世界大戦の約三二万と比べると顕著である。南北戦争はまた、スコッツ・アイリッシュにとって大きな転換点となった。これ以降、現在に至るまで、『レッドネック』(彼らの蔑称)が、南部の人種差別と強く結びつけられ、黒人が置かれている差別的状況の主な原因とされるようになる。また、彼ら自身、実際にこのような見方の正しさを証明するような言動を示すようになった。だが、南北戦争の際に彼らが置かれていた状況は、それほど単純ではなかった。南部の白人エリートが支配する奴隷社会のなかで、スコッツ・アイリッシュの大多数は、白人でありながら、黒人の奴隷と同じような位置に置かれていた。彼らは支配者ではなく、被支配者であった。」(p.250)
    • 「ウォルター・ラッセル・ミードは二〇〇一年の著『特別な摂理―アメリカの外交政策とそれが世界をどう変えたか』において、一八世紀以来、アメリカの外交とそれに呼応する内政の組み合わせには四つの伝統があると指摘した。第一の伝統、『ハミルトン派』は、国内の安定と効果的な外交のために、国の政府と大企業の強力な連携を重視し、国民を有利な条件でグローバル経済に統合する必要性を説いてきた。第二の伝統、『ウィルソン派』は、アメリカの民主的・社会的価値観を世界中に広めることが、アメリカの道徳的義務であり重要な国益であると信じており、法の支配にもとづく平和な国際社会の創造を目指してきた。第三の伝統、『ジェファーソン派』は、アメリカ政府は海外での民主主義の普及よりも、国内での民主主義の保護に重点を置くべきだと考え、アメリカを海外の望ましくない同盟国と関わらせたり、戦争のリスクを高めたりするハミルトン派やウィルソン派の政策に懐疑的な態度をとってきた。第四の伝統、『ジャクソン派』は、対外政策と国内政策の両方において、アメリカ政府の最も重要な目標は、アメリカ人の身体的安全と経済的福祉を守ることであるべきだと考えてきた。ジャクソン派は、アメリカは外国の紛争に進んでかかわるべきではないと考える一方で、他国がアメリカに戦争を仕掛けてきた場合には、勝つこと以外に選択肢はないと考える。スコッツ・アイリッシュの伝統は、第四のジャクソン派の伝統である。」(p.271)
    • 「他の三派と同様に、ジャクソン派の外交政策は国内政策における彼らの価値観と目標に関連している。ジャクソン派にとって、アメリカ政府が追求すべきは、ハミルトン派の商業・産業政策でも、ウィルソン派の道徳的価値でも、ジェファーソン派の自由でもなく、中産階級の人々の政治的・道徳的・経済的な福祉を促進すること[トランプの『アメリカ・ファースト?』]である。」(p.278)
    (2026.2.9)

  8. 「愛し愛されて=継承の小径」阿部志郎著 株式会社クーインターナショナル(ISBN978-4-9910505-0-3, 2016.6.20 初版発行, 2018.10.20 第2刷発行)
    日本キリスト教奉仕団の1958年開設時から1988年までの理事で、最初から、社会福祉委員会、身体障害者福祉委員会の委員長などを務めた方で、日本を代表する社会福祉実践家。学校法人明治学院理事長、東京女子大学理事長、日本社会福祉学会長、日本キリスト教社会福祉学会会長等を歴任。キリスト教功労者(2004年)とある。1926年(大正15年)2月1日生まれで最近、100歳のお祝いをされたと伺った。最初に「妻 律を想う」とプロローグがあり、そのあと第一章は歩みが書かれ、そのあとに、お嬢様たちのことばなどがある。発起人が、賛同者をあつめ、出版したという形式になっていて、最後にその名前が記されていいる。最後に本人も書いているが、奥様の律さんと社会福祉法人横須賀基督教社会館の宣教師エベレット・トムソンの影響が強いと書いておられる。地域から、社会福祉の仕事をはじめ、さまざまに拡大調整していった、日本の社会福祉を代表する方の一代記である。以下は備忘録: (2026.2.16)

  9. 「西洋の敗北 日本と世界に何が起きるのか」エマニュエル・ドット著 大野舞訳 文藝春秋(ISBN978-4-16-391909-6, 2024.11.10 第1刷発行)
    出版社情報・目次。ウクライナへのロシアによる侵攻を中心に、西洋で何が起き、その背景には何があるのかを、フランスの歴史人口学者・家族人類学者が、国・地域ごとの家族システムの違いや人口動態に着目して解き明かしており、西洋では不人気のようだが、日本では注目されているようで、図書館で借りられるまでにかなりの時間がかかった。様々なできごとを紡ぎ合わせるさまは、興味深く、今後の世界情勢を考えるヒントにはなっている。ただ、宗教ゼロ、ゾンビ化、アトムまたはブロッブ化などの捕え方が、この方の専門なので仕方がないが、分野外の者にとってはすこし説明が乱暴であると感じた。このような視点も大切にしながら、世界で起きていることを見ていきたいと思う。以下は備忘録: (2026.2.17)

  10. 「み翼のかげに - 大宮恵里の思い出」大宮チヱ子編著(1975.11.15)
    急性白血病で1974年4月26日11歳で天に召された、大宮溥・チヱ子牧師夫妻の長女、恵里さんを記念して作られたもの。告別式での弔辞、溥牧師の説教などとともに、恵里さんの書かれたもの(作文や手紙)、そして、チヱ子牧師の「恵里のことども」から構成され、チヱ子牧師の注が加えられている。全体で123頁。チヱ子牧師が支えられた記録と言っても良いが、恵里さんの立派な生涯・闘病生活が記録されている。大宮溥牧師の葬儀式辞を引用する。聖書:ヨブ記1章20〜22節・ヨハネ福音書15章1〜11節 「大宮恵里は昭和三七年(一九六二年) 五月二九日、わたくしども大宮・チヱ子の長女として、新潟大学附属病院で誕生いたしました。色が白く、大きな澄んだ目をした子でした。そのころわたくしどもは、この新潟の教会に、神の御導きと信じて赴任したばかりであり、またこの子は神様の恵みによって新潟の里に生まれたとの思いから、恵里と名づけました。  満三才になった四月から三年間、東中通教会附属のみどり幼稚園で育てていただき、昭和四四年春、新潟大学教育学部附属新潟小学校に入学させていただいて今日に至りました。  昨年九月はじめから、紫斑と出血の徴候があらわれ、わが家のホーム・ドクターの小出先生と教会員の千原先生のおはからいで、県立ガンセンター新潟病院に入り、急性白血病と診断され以来最後に至るまで、主治医の内海先生、小児科部長の布施先生、原、千原両先生方の実に手厚い治療をいただきました。  こうして四カ月の療養の結果、緩解状態となり、念のため頭部に電気照射をしたために髪の毛が抜けて薄くなりましたが、やがて学校にも行けるという希望をもって、年末の三十日に喜びあふれて退院いたしました。しかし本当に楽しかった家での生活も二ヵ月半で、三月一五 日、視力が急速におとろえ、再入院となりました。  それからの病状は、まるでやまいの一斉攻撃を受けたようであり、二九日には完全に失明、腫れや出血や囁き気に悩まされ、先生方の必死の治療をうけつつも次第に悪化し、ついに一九七四年四月二六日午後一時十分、天に召されたのであります。  この間三十名にあまる有志の献血、学校や教会につらなる方々の数知れぬお見舞、教会の主にある兄弟姉妹の熱き祈りとお助けを頂きましたことを、心から御礼申し上げます。  この子は整理好きのきちょうめんな子でした。今だに幼稚園時代からの持ち物をていねいに 整理して持っています。きちょうめんなだけに、人のずるいのに対しては相当きびしかったの ではないかと思います。記憶が大へんよく、親の方が不正確なところを正されることもあるほどでした。運動はきらいではありませんでしたけれど、運動神経の敏捷でないことは親ゆずり でした。  元来背は中位でしたが、最近は非常に大きくなり、また精神的にも、少女なりに自我に目覚 め、自分らしく生きようとしていたようです。 昨年三月七日の日記に「ひとりごと」という女 を書いています。 「みんなは、わたしのことをまじめだという。 どうするとまじめといわれるのだろう? どうしてまじめというのだろう? わたしだって、ふつうの女の子とかわらないのに。 マンガ本だって読むし、歌よう曲だって絵だって、おしゃべりだって、ふつうの人とかわら ないのに。 『まじめ』とはどういうことなんだろう。」 ひとと自分の違いを気にして、わたしも普通の女の子なんだ、普通の女の子になりたいんだと いう心が伝わってくるようであります。  恵里の八ヵ月の闘病生活は、本人にとっても家族にとっても、厳しい試練の生活でありました。わたしは折にふれてイザヤ書五〇章一〇節を思い起しました。 「あなたがたのうち主を恐れ、 そのしもべの声に聞き従い、 暗い中を歩いて光を得なくても、なお主の名を頼み、 おのれの神にたよる者はだれか」。 しかし、この暗やみの中で目をこらしていると、やみの中にも光が輝いていることを知らされました。ここで与えられた慰めと教えの一、二を、申しのべさせていただきます。  その一つは、困難な人生を耐えさせ生きぬかせる力は、信頼の力だということであります。恵里の闘病期間、特に最後の一ヶ月は、ほんとうに、生命と死とのすさまじいばかりの戦いでした。妻が、こんな苦しみは大人の自分でも耐えられるかどうか自信がないと言ったほどでし た。それを十一才の女の子が頑張りぬきました。四月一九日の妻の日誌にこう書かれていました。  「一一時三〇分から輸血、一五時三〇分に薬液にかわり、一七時一五分終了。 七時半にカルピスをのんで、ママが朝の仕度をしていると、一人でベッドのライトのスイッチを必死の様子でさがしているので、どうしたのとたずねたが、返事をしない。電気をつける のときくと、うんとうなずいたので、スイッチを手渡して、手伝ってつけさせた。すると、手を真直ぐ上にあげて、手さぐりする様にまさぐりつづけ、『ない、ない、光がない』と異様な感じで叫ぶのでびっくりする。光がみえないの、と問うと、うん、全然みえないといって、がくっとしている。  もうしばらくしたら見えるようになるからね、といって、聖書を読もうかというと、うんと うなずく。そして、らい病人の話を読んでくれというので、開こうとしていると、たくさんの子供がいて、金持だったけれど、みんななくなってしまい、自分もらい病になって、かわらのかけらで体をかいていた人の話、という。ヨブのことだなと思って、説明しながらきくと、そうだというので、ヨブ記一章一節から二章一〇節までを読む。祈った後、どうしてヨブの話をよもうと思ったのときくと、『その人は、とても苦しかったのに、神様をのろわないでがんば った人だから』という。ああそう、恵里ちゃんもがんばっているね、というと、うん、ヨブの 事や聖書のいろんな人の事を思い出しているの、というので、それにしてもよくがんばってい るよ、というと、『ママがいるからよ、何でも治療をうけるから、ついててね、よくなったら 恩返しをするからね』と。『恩返しなんかしなくてもいいのよ、恵里ちゃんはママの大事な子供だから、お世話をするのは当り前でしょ』というと、『うん』と答えてから、『神様は今日ま でいろいろよくして下さったんだから、のろう事はないし、必ずこれからもよくして下さるよ』と。これは驚くべき神信頼、信仰告白ではないか」。  このような素直さが生まれた一つの理由は母親の愛からでした。身内のことを申して恐縮で すが、妻は子供の病院生活の間、自分のからだをそこねた時も一日もかかさず病院に通いつづ けました。最後の日々においては、恵里の目であり、手であり、足でありました。わたしは母 の愛という本当に尊いものをまのあたり見る思いでした。恵里はこの母にたより切り、そしてこの母の信ずる神を信じたのです。  もう一つの理由は、教会学校の教育であります。わたしは、ヨブの信頼について恵里に話して下さった先生に、何とお礼を言ってよいかわからないほどの感謝をいたしております。  最後の日のことでした。容態が急変して死期が迫りました時、かねて予感はしていたようで ありましたが、異常を感じて「こわい」と申しました。この不安に答えてやろうと思い、「恵里ちゃん、今まで先生方は一生懸命つくして下さったけれど、この病気は大変むつかしい病気だから、イエスさまがもういらっしゃいとおっしゃってる。恵里ちゃんはイエスさまのことを信じているし、パパもママもイエスさまを信じているから、決してこわがることはないよ。ママのむねで眠るときみたいに、イエス様におまかせすればいいんだよ」と、一言一言さとすよ うに言うと、うん、うんと素直にうなずきました。「それではイエスさまの子供だというしるしに、洗礼をうけるかい」とたずねると、はっきりうんと答え、病床受洗をいたしました。  最後まで意識ははっきりしており「恵里ちゃんはいい子だった、 優等生だったよ」と言うと、ちがうと首をふっていました。覚悟ができたのか、酸素吸入器を取ってくれという意味で、「もういい、もういい」と言いましたが、この方が楽だからねというと、そのままにしました。「イエスさま、イエスさま、と言っているんだよ」という声にうなづき、「ママ、最後までそばにいてね」という言葉を残し、家族の見守る中で息を引き取りました。  わたくしどもは、恵里の不安に正しく答えてやることができ、平安のうちに主のもとに送ることができましたことに、本当にやすらぎを覚えております。  今回の経験を通して、わたくしどもは、イエス・キリストが人間を救うために十字架につかれた意味と有難さを、身にしみて知らされました。キリストは若さのさかりに十字架上で死ぬ という、人生の最も苦しい経験をされました。しかも、三日目によみがえって、死をも克服する勝利の力、復活の生命を獲得されました。それゆえ、われわれの人生の苦しみ悩みをことごとく自分のこととして覚え、必要な助けを与えて下さいます。 わたくしどもも、この主を仰いで慰めを得つつ歩んできました。  ヘブル人への手紙に、こう書かれています。「さて、わたしたちには、もろもろの天をとお って行かれた大祭司なる神の子イエスがいますのであるから、わたしたちの告白する信仰をかたく守ろうではないか。この大祭司は、わたしたちの弱さを思いやることのできないようなかたではない。罪は犯されなかったが、すべてのことについて、わたしたちと同じように試練に会われたのである。だから、わたしたちは、あわれみを受け、また、恵みにあずかって時期を 得た助けを受けるために、はばかることなく恵みの御座に近づこうではないか」(四章一四〜一六節)。これこそわれわれの生きるよりどころであります。  恵里は気分がよい時、母親に聖書を読んでもらっていました。「今朝も聖書を読もうというので、二人で礼拝、恵里の好きなさんびか『いつくしみふかき友なるイエスは』を歌う。 詩篇百篇、ヨハネ福音書一〇章、今日はずっと調子よく、本当に感謝」(四月五日)。「礼拝、『まぶねの中にうぶ声あげ・・・・・・』 (星の希望)、ヨハネ福音書六章三二-五九節。今日も聖書 を読んでと、恵里の方から言う」(四月六日)。この子も、苦しみの日々を、ぶどうの木につらなる実のように、苦しむ者の友なる主イエスに結びついて、生かしていただきました。そして、わたくしどもは、この経験を通じて、われらのためにしのばれた主の苦しみがいかほどで あるかを、身をもって知らせていただいたのであります。  もう一つ。わたくしどもは、このような苦しみを受けている人間が、どんなに多いかを改めて知らされました。人間の「底辺」をかいま見たように思います。そして、このような不幸を取り去るために尽力しておられる医師の先生方、看護婦の方々などの働きがどんなに尊いものであるかを知りました。どうか、このような悲しみを誰も味わわないですむ日が一日も早く来 ますように、心から祈っています。そして、われわれみんなが、この世の「底辺」にある人を 思いつつ、連帯して生きなければならないと思わされています。  恵里が死んで、枢とともに家に帰りました時、弟の謙が、「ぼく一人っ子になったね」と申しました。しかし、わたしはそうは思いません。 「家には人を減じたり、 楽しき団欒は破れたり。 愛するいつもの席に見えぬぞ悲しき。 さは天に一人を増しぬ、 清められ救われ全うせられしもの一人を」。 (S・G・ストック、植村正久訳) One less in home, One more in heaven. 天と地との所こそちがえ、わたしたちの家族は、主イエス・キリストにとりなされて、今も四人であります。  恵里が小さかったころ、迷子になったことがあります。小出夫人が、交番に保護されていたのをつれて帰ってくださった時、恵里は案外おちついていて、「よかった」といいました。自分のことを言っているのかと思っていると、「ママがよかった」というのです。ママが安心しただろうからよかったというわけです。主のみ翼のかげにある恵里のことで、わたくしどもがあまり悲しむことは、恵里の本意ではないでしょう。目を上げて主を仰ぎつつ、主に支えられて、これからの歩みをつづけたいと存じます。」
    (2026.2.18)

  11. 「Google AI Studio 超入門」掌田津耶乃著 秀和システム(ISBN978-4-7980-7257-9, 2024.6.10 第1版第1刷発行)
    出版社情報・目次。基本的に、Google AI Studio(参考:Google AI Studio HOME)(「Gemini Pro を利用する」という点だけに機能を絞って作られた AI 利用サービス。アクセスしてその場で Gemini Pro を使ってプロンプトを実行できるだけでなく、Gemini Pro を利用したプログラム開発を簡単に行えるようにしてくれる。(p.11))の(Python, JavaScript, Node.js, Dart (Flutter), Go, Android, iOS などから利用できるライブラリを通した)利用の仕方が書かれており、サンプルコード(Source Code) も入手できるので、入力は最小限で、実行可能である。(Google AI Studio は、一日あたり 50リクエストまで無料。)わたしは、実際には、一部しか実行していないが、今後、少しずつ理解しながら、実行していこうと思う。リンクから目次を見ることができるが、簡単な紹介が1章にあり、2章では、Terminal から curl を使って、AIPI を動かす方法、3章では、pytyon で、googlegenerative-ai を動かす方法、4章では、Webpage から動かすために、まずは、css を簡単に使える bootstrap の説明とともに、Google AI JavaScript SDK を使う方法が書かれている。5章では、Node.js で、GoogleGenerativeAI を使いこなす方法が解説され、6章では、Express サーバーを構築し、REST で AI にアクセスすることなども書かれている。7章では、マルチモーダルとして画像編集のことが少し書かれ、8章では、Embedding について書かれている。Code Editor も、Google Colab で、Python を動かしたり、Visual Studio Code で、編集するので、簡単にできる。使いこなすのは、自分で勉強しないといけないことも多いが、何を勉強すれば良いかもわかるという意味で、よい本だと思う。予備知識は、Shell, HTML, Python の基礎ぐらいだろうか。
    (2026.2.23)

  12. 「自由(下)FREIHEIT」アンゲラ・メルケル Angela Merkel 著 長谷川圭・柴田さとみ訳 KADOKAWA(ISBN978-4-04-113633-1, 2025.5.28 初版発行)
    出版社情報・目次。リンクにもあるが、扉裏から本書について引用する。「アンゲラ・メルケルは16年にわたりドイツ政府の首長としての責任を担い、その行動と態度で、ドイツ、ヨーロッパ、そして世界の政治をリードしてきた。メルケルは本書を通じて、1990年までの旧東ドイツ、そして1990年からの再統一されたドイツというふたつの国家における自身の半生を振り返っている。東ドイツ出身の彼女が、どうやってCDUトップの座に躍り出て、統一ドイツ初の女性首相になれたのか? なぜ西側諸国で最も影響力の強い政府首脳のひとりに数えられるようになったのだろうか? 彼女はいったい何をしたのか?本書のなかで、アンゲラ・メルケルは首相府での日常に加え、ベルリンやブリュッセルやほかの場所で過ごした、極めて重要かつドラマチックな昼や夜について言及している。国際関係における長い変化の流れを描写し、グローバル化された世界で複雑な問題を解こうとする現代の政治家がどれほどの重圧にさらされているのかを明らかにする。読者を国際政治の舞台裏に招待し、個人間の会話がどれほどの影響力をもち、どこに限度があるのかを示す。アンゲラ・メルケルは対立が激化する時代における政治活動の条件を振り返る。彼女の回顧録を通じて、読者はほかにない形で権力の内側を垣間見ることができるだろう。本書は「自由」への重要な意志表明だ。」さらに、裏扉に、本人の紹介がされている。「アンゲラ・メルケル ANGELA MERKEL ドイツ連邦共和国の最高権力の座に就いた最初の女性として2005年から2021年まで連邦首相を務める。1954年にハンブルクで生まれ、ドイツ民主共和国で育った彼女は物理学を専攻し、博士号を取得したのち、1990年にドイツ連邦議会入りを果たした。1991年から1914年までは女性および青少年問題担当大臣、1990年から1998年までは環境・自然保護・原子力安全担当大臣、2000年から2018年まではドイツ・キリスト教民主同盟の党首を務める。2021年に政治活動から引退した。」とある。非常に賢い、人間的に立派な人物であるが、同時に、それでも多くの批判を浴び、世界の舵取りの評価は難しく、歴史的評価については、これからということなのだろう。知的な視点だけではないが、やはり見える世界は、限られているのかも知れないと感じる。以下は備忘録: (2026.2.23)

  13. 「外務官僚たちの大東亜共栄圏」熊本史雄著  新潮選書 新潮社(ISBN978-4-10-603926-3, 2025.5.20 第1版発行)
    出版社情報・目次。違う視点から、大東亜共栄圏について迫ると思われるタイトルに興味を持ち読んでみた。いくつも賞をとった本のようだし、裏表紙にも「小村寿太郎から幣原喜重郎、重光葵まで、国際派エリートたちが陥った「失敗の本質」を外交史料から炙り出す。」(上記出版社情報参照)とあり、あとがきには新潮選書編集長の「つまりそれは、日本版の『ベスト&ブライテスト』ですね」ということばも記されているが、あまりに軽すぎると思った。まだ、国際派エリートが育っていない時代、それも内容も、デービッド・ハルバースタムの『ベスト&ブライテスト』になぞらえるのはいかがなものかと思った。すくなくとも、多様な視点からは、書かれていない。受賞は、外務省の文書を丁寧に掘り起こしたことに対するものなのだろうが、裁判にかけられたひとがいろいろな背景のもとで一言二言言ったことを記録したレベルをこえないように思ってしまった。おそらく、わたしがそのように感じたのは、わたしの好みと合わなかったというだけなのかも知れないが、職業軍人の視点からだけでなく、外務官僚のトップの人たちの視点を提供したということであろうが、今後、さらに深められ、かつ、様々な視点から検証がなされることを望む。情報としては、登場人物の何人かについての紹介情報が興味深かった。このような情報がたいせつな世界なのだろう。小村寿太郎(一八五五年生/八〇年司法省・八四年外務省出仕)、小村欣一(一八八三年生/一九〇七年第一六回外交官及領事官試験合格)、幣原喜重郎(一八七二年生/九六年第四回試験合格)、重光葵(一八八七年生/一九一一年第二〇回試験合格)、有田八郎(一八八四年生/一九〇九年第一八回試験合格)、松岡洋右(一八八〇年生/一九〇四年第一三回試験合格)。以下は備忘録: (2026.2.25)

  14. 「Hillbilly Elegy - A Memoir of a Family and Culture in Crisis」J.D. Vance著 Harper(ISBN978-0-06-230054-6, 2016)
    出版社情報・目次。光文社から日本語訳も出版されている。J.D. Vance は、第二期トランプ政権の副大統領で、自分でも、Scots-Irish で、rust belt 出身だと述べている、アメリカの白人貧困層の出身で、高校卒業後、海兵隊の非常に厳しいといわれている Bootcamp で訓練を受け、四年勤め、イラク戦争にも従軍している。その後、わたしが学んだ場所でもある、Ohio State で学び、Yale University の Law School に、貧困層枠で入り、弁護士として働いてから、オハイオ州選出の上院議員となったひとで、上院議員になる前に、この本を書いている。New York Times のベストセラーになった本である。トランプ氏を支える労働者階級にも興味があったので、「あなたのことをおしえてください」との気持ちから手に取った。最後は、現在進行系のような書き方になっているが、そこまでは、本当によく書けていると思う。あとからの振り返り、自分にとってのトラウマのことなども、書かれており、おすすめの一冊である。久しぶりの英語の本で、俗語も多いので、完全に読めたとは思えないが、原語で読むこともできるだけ続けたいと思う。これは、大学の図書館から借りたが、杉並区図書館にも、英語版も日本語版も入っていた。以下は備忘録: (2026.3.8)

  15. 「The Lost Soul of American Protestantism」D.G. Hart著 Rowman & Littlefield Publishers, Inc. Lanham-Boulder-New York-Oxford(ISBN0-7425-0768-8, 2022)
    出版社情報・目次「リベラルなアメリカの『失われた魂』たち 福音派とスコッツ・アイリッシュの世界」 に引用されていて興味を持って読んでみた。最近の議論まで含まれているわけではないが、アメリカにおける、福音派 vs リベラルという対比ではなく、敬虔派(pietists)vs 告白派 (confessionalists) との対比で議論が進み、最後には、長老派、改革派、ルター派などの、告白派系で、アメリカのなかで、社会や政治と調和してい生き残るのは難しいとの結論も導いている。それぞれの発生の時代や歴史的背景、どのようにして、アメリカにたどり着いたかにも依存しており、告白の基盤をなす部分が、精緻になりすぎていて、新しい、信仰・信条の自由を憲法第二修正で保証したアメリカの多様な文化のなかで、社会と政治との関わり方を調和させるのが難しいということなのだろう。一方、敬虔派は、19世紀からの信仰覚醒から、個人の信仰という形で受け継がれているが、信仰とは何なのかが明確ではなく、他との差別化、区別はできなくなりつつあるようにも見える。英語であり、アメリカにおける、歴史的背景なども、十分理解しているわけではないので、十分理解できたかははなはだ疑問だが、ひとつのヒントを得たことは確かだと思う。日本の状況は、同じではないが、アメリカのキリスト教に強い影響を受けていることは確かで、少しずつ整理してみたいと思う。以下は備忘録: (2026.3.14)

  16. 「福音派ー終末論に引き裂かれるアメリカ社会」加藤喜之著 中公新書 2873(ISBN978-4-12-102873-0, 2025.9.19 発行)
    出版社情報・目次。話題になっているようで、図書館で予約してもなかなか借りられなかったが、今回読むことができた。ジミー・カーター以降、わたしが実際にキリスト者として生きて、アメリカにも住んで経験した時代、について、よくまとまっていて、人生を辿り直す気持ちで読むことができた。しかし、それ以前の部分については、すこし、粗いようにおもった。そして、現在のトランプの二期についてまで、書かれているが、十分に捉えられているかどうかは不明である。ところどころに、著者の厳しい筆致もあるが、リベラルな福音派については、ほとんど、書かれていない。そして、おそらく、福音派は、ここに現れていなひとたちもおり、ましてや、アメリカのキリスト者を全体として捉えるのは、難しいのだろう。自分史としての福音派については、どこかにまとめてみたいと思う。以下は備忘録: (2026.3.18)

  17. 「暗黒のアメリカ - 第一次大戦と追い詰められた民主主義」アダム・ホックシールド著 秋元由紀訳 みすず書房(ISBN978-4-622-09804-1, 2025.9.16 第1刷発行)
    出版社情報・目次。Adam Hochschild著 "AMERICAN MIDNIGHT, The Great War, a Violent Peace, and Democracy's Forgotten Crisis" の日本語訳である。国際連盟の提唱者で、平和主義国際派の大統領と見られている、ウッドロー・ウィルソン、プリンストン大学の学長を務めた、アメリカ合衆国ではじめての学者の大統領、その時代を中心に描かれている。アメリカで、黒人差別は言うに及ばず、労働組合(特にIWW(Industrial Workers of the World,世界産業労働組合))関係者や、社会党関係者が主として、退役軍人などが中心となったグループに弾圧され、虐殺され、そのことが裁かれずに、戦争へと向かっていき、ウィルソンの提唱したものは、結局、受け入れられなかった背景も書かれている。著者も書いているように、トランプ政権のときに、もう一度学び直すべき、アメリカ史の暗黒の部分が詳細に書かれている。細かいことについては、明確な証拠立てが難しいのか、背後関係が確定できない事件も多いようだが、エマ・ゴールドマン、ケイト・リチャーズ・オヘア、マリー・エクイのような女性の活動も含めて、詳細に書かれている。現在のアメリカについての背景、とくに、どのような人たちが、アメリカを形作っているかを知り、民主主義とは何なのかについても、考えさせられるたいせつな本だと思う。ほぼ百年前のアメリカ、何が変わりつつあり、何は残っているのか、その変化も含めて考えさせられた。以下は備忘録: (2026.3.28)

  18. 「暇と退屈の倫理学 Ethics of Leisure and Boredom」國分功一郎著 新潮文庫 こ73-1(ISBN978-4-10-103541-3, 令和4年(2022年)1月1日発行、令和4年4月5日7刷)
    出版社情報・目次。暇と退屈について論じた哲学書である。パスカルからはじめ、ラッセル、ハイデッガーなどの論考を中心に、それらの論を検討し、ご自身の考えを展開している。個人的に、あまり、哲学書を読まないので、見当外れに成るのだろうが、哲学は基本的に、ことばの定義を明確にし、論理的に、ある正しさを組み立てていくものだと理解しているが、途中での批判で、両面の度合い(相対と絶対の比較)をも論理に入れている。それを許容すれば、度合いの尺度も定義する必要があり、基本的な論理のルールから外れてしまっているように感じた。また、テーマからして、他者との関係は避けて通れないように思うが、哲学では、他者との複雑な関係は避ける傾向もあると思った。おそらく、対等に論じることが難しいとして、思考の中心にいる自分からはなれられないのかも知れない。著者は賢いかたではあるが、個人で思考することの限界も感じた。あまりにも、ナイーブな幼いことを書いてしまっているだろうが、いつか、もうすこし、哲学関係の本の読み方も、深くなっていければ嬉しいと思った。個人的には、パルカルの言う「神なき人間のみじめ」「神とともにある人間の至福」について深められていないのが残念である。おそらく、わたしも、このテーマに関しては、まさに、パスカルのようなことばに向かうように思っていたからでもある。その意味でも、著者の高校時代の思い出からは、ひとつの分岐点も感じた。上に述べた、他者との関係を思考に含めないところが分かれ道なのだろうか。また、マサイ族が定住に移行しつつある原因も垣間見てきたので、読んでいて、そのことについても考えた。また、熊谷さんとの共著などもあるようだが、当事者性は、ご自身の障害のことを通して行き着いたことでもあるが、医師としてなかなか理解できない他者の痛みに注目して考えておられることに触れて、國分氏の考えがどのように変化していくのかにも興味を持ったので、いずれまた読んでみたい。以下は備忘録: (2026.3.31)

  19. 「『青年の夕べ』感話集 いのちの言葉を交わすとき」飯島信編著 YOBEL.Inc.(日キ販)(ISBN978-4-909871-62-6, 2022.11.7 初版発行)
    出版社情報・目次。語った人として名前があがっている人は13名、他に二人が語ったとの記録があるが、その二人も含めて、15名のほとんどは、我が家の聖書の会の参加者である。この会(『青年の夕べ』)のことは知っていたし、飯島先生が福島に移られたあと、しばらく、ICU の Seabury Chapel に場所を移して続いていたことも知っているが(一応、3月21日が最終回なのだろうか)関わってはいなかった。飯島牧師から本をいただいて、読ませていただいた。少し聞いたことのある話もあったが、ほとんどは、初めての内容でもあった。お二人は二篇語ったことが収録されていた。このようなものが、記録されることはとても、意味のあるこtだと思う。わたしも、古いもので、残っているものもあるので、ホームページにでも出しておこうと思う。わたしの場合は、東京池袋協会の祈祷会からだと思う。その祈祷会に集う人たちが、求道者もふくめて、語ることが中心の会だった。聞かれる場、聞いてくれるという信頼、そのような場は、本書にも関われいるが大切なのだろう。今から考えると未熟な話だったが、覚えているのは、加藤亮一牧師が、じっと静かに、聞いていてくれたいたことだけのように思う。我が家の会でも、聖書の学びのあとの感想、短いことばだが、それぞれの感じたことに、口ははさまず、静かに聞くようにしていた。個人的に知っている人がほとんどなので、こうして書かれたものを読むと、心配になってくることもあるが、静かに祈ることにしよう。それが、今までもしてきたことで、これからも、それがよいと思っているので。
    (2026.4.2)

  20. 「あなたがたの島へ-ハンセン病療養所と私」沢知恵著 岩波書店(ISBN978-4-00-061716-1, 2025.9.18 第1刷発行)
    出版社情報・目次。ハンセン病の療養所だった、大島青松園の方との交流を描いたエッセー。牧師の父、祖父の代から関わっていた、大島青松園に通うい、ピアノを弾き、歌う、東京芸術大学出身の著者について、新潟教会の礼拝説教で紹介され、3月末に青年を連れて訪れたことを語っておられたので、図書館で見つけて1日で読んだ。YouTube 沢知恵公式チャンネルには、大島青松園でのコンサートや、園の方の詩に、曲をつけたものも含まれている。「胸の泉に」「こころ」「われ問う」「はじらい」など。また日本各地の、ハンセン病の療養所の園歌が修士論文での研究テーマだったこともあり、そのことについても書かれている。以下は備忘録: (2026.4.6)

  21. 「反知性主義 アメリカが生んだ『熱病』の正体」森本あんり著 新潮選書(ISBN978-4-10-603764-1, 2015.02.20 第1刷発行)
    出版社情報・目次。アメリカにおける三つの大覚醒時代の中心的な人物(著者の書記の著作にあるジョナサン・エドワーズや、ホイットフィールドなどか始め)を中心に、アメリカ精神史・宗教史を反知性主義と普遍的平等主義という視点から説いている。ビリー・グラハムなどの、第四期については語っていない。おそらく、また次の機会に、政治との関係とも合わせて書いてくれるのであろう。丁寧によく書かれており、大覚醒時代について整理することができた。また、所々に、ペーパームーン、エルマー・ガントリー、A river runs through it などの映画描写による説明が含まれており、映像としても伝わってくる雰囲気がとても良い。内容については、備忘録や、上のリンクに譲るが、個人的には、A river runs through it で描かれている、第四章 アメリカ的な自然と知性の融合が、South Dakota の田舎に移り住んだ友人一家を家族で訪ねたときのことを彷彿とさせて新しい視点が与えられたように思う。いずれもう一度読んでみたい。以下は備忘録: (2026.4.9)

  22. 「異端の時代ー正統のかたちを求めて」森本あんり著 岩波新書1732(ISBN978-4-00-431732-6, 2018.8.21 第1刷発行)
    出版社情報・目次。二〇一六年のドナルド・トランプの大統領就任を踏まえてそれまでに温めていたものを書いたようである。まずは、正統と異端について丸山眞男が書いたものについて議論してから、正典が正統を作るのではないこと、教義が正統を定めるのでもないこと、さらに聖職者が正統を担うのでもないことを論じたあとで、異端について書かれている。人々の祈りのような信仰の現実が背後にあることを語ってはいるが、それについては、深めていない。トランプについても、一期目のときに、どこまで掘り下げられるのかと考えると、あまり批判をしてはいけないと思うが、正直、知的な論理による考察で、おそらく、それこそ(反知性主義)が、トランプ支持者が排斥するものであろうことを思うと、ある程度の頭の整理にはなっても、こころの響くものにはならないように思われる。著者のこのあとの論理期待しておこう。引用されている、アドルフ・フォン・ハルナック著「キリスト教の本質」、ツベタン・トドロフ著「民主主義の内なる敵」、堀米庸三「正統と異端ヨーロッパ精神の底流」はいずれ読んでみたいと思った。以下は備忘録: (2026.4.9)

  23. 「Machines of Loving Grace - How AI Could Transform the World for the Better」Dario Amodei著
    Online VersionGoogle Chrome による日本語翻訳版。Anthropic の CEO の Dario Amodei の書いたものである。だれでも、ネット上で読むことができるが、一般的ではない用語もあるので、翻訳をつけた、翻訳版のタイトルは「愛の恩寵の機械 - AIは世界をより良い方向へ変革する可能性を秘めている」となっている。履歴を見るともともとは物理学のようだが、生物学、神経科学で研究をしてから、Open AI で AI の仕事をして、そこから抜けて、Anthropic を立ち上げ、Claude を開発している。AI の危険性も唱えているが、この文章を読む限り、かなり、楽観的であると同時に、非常に大きな問題が生じないように、大企業のクループなど、力でのコントロールをして、それを回避しようとしているようにも映る。慎重に書いているのと、わたしのような、数学とは考え方はことなるので、評価が大きく異なるのは仕方がないが、人間に何がわかっていて、わかっていないことがどれほどあるかの感覚がかなり異なる。この文章も、主として、5つの項目に分かれているが、専門的な経験からある程度、感覚がある、生物学と、神経科学以外は、稚拙なようにも感じるが、このような議論が大切であることは強く同意する。以下は、メモである。
    1. Biology and health
      • It is by speeding up the whole research process that AI can truly accelerate biology. I want to repeat this because it’s the most common misconception that comes up when I talk about AI’s ability to transform biology: I am not talking about AI as merely a tool to analyze data. In line with the definition of powerful AI at the beginning of this essay, I’m talking about using AI to perform, direct, and improve upon nearly everything biologists do.
      • I think their rate of discovery could be in, creased by 10x or more if there were a lot more talented, creative researchers.
        • e.g. CRISPR, microscopy, Genome sequencing and synthesis, Optogenetic , mRNA vaccines, CAR-T, germ theory of disease , a link between the immune system and cancer
      • To summarize the above, my basic prediction is that AI-enabled biology and medicine will allow us to compress the progress that human biologists would have achieved over the next 50-100 years into 5-10 years. I’ll refer to this as the “compressed 21st century”: the idea that after powerful AI is developed, we will in a few years make all the progress in biology and medicine that we would have made in the whole 21st century.
      • a list of what we might expect:
        • Reliable prevention and treatment of nearly all17 natural infectious disease.
        • Elimination of most cancer.
        • Very effective prevention and effective cures for genetic disease
        • Improved treatment of most other ailments
        • Doubling of the human lifespan
    2. Neuroscience and mind
      • Hundreds of millions of people have very low quality of life due to problems like addiction, depression, schizophrenia, low-functioning autism, PTSD, psychopathy21, or intellectual disabilities.
      • I strongly suspect the details of individual neuron communication will be abstracted away in most of the interesting questions about computation and circuits
      • I expect AI to accelerate neuroscientific progress along four distinct routes,
        • Traditional molecular biology, chemistry, and genetics.
        • Fine-grained neural measurement and intervention.
        • Advanced computational neuroscience.
        • Behavioral interventions.
        • Concretely my guess at what will happen is something like:
        • Most mental illness can probably be cured.
        • Conditions that are very “structural” may be more difficult, but not impossible.
        • Effective genetic prevention of mental illness seems possible.
        • Everyday problems that we don’t think of as clinical disease will also be solved.
        • Human baseline experience can be much better.
    3. Economic development and poverty
      • “will everyone have access to these technologies?”
      • GDP per capita is ~$2,000 in Sub-Saharan Africa as compared to ~$75,000 in the United States
      • Ideally, powerful AI should help the developing world catch up to the developed world, even as it revolutionizes the latter.
      • I am somewhat skeptical that an AI could solve the famous “socialist calculation problem”23 and I don’t think governments will (or should) turn over their economic policy to such an entity, even if it could do so.
      • The challenges facing the developing world are made even more complicated by pervasive corruption in both private and public sectors.
      • how I think things may go in the developing world over the 5-10 years after powerful AI is developed:
        • Distribution of health interventions.
        • Economic growth.
        • Food security.
        • Mitigating climate change.
        • Inequality within countries.
        • The opt-out problem.
    4. Peace and governance
      • Suppose that everything in the first three sections goes well: disease, poverty, and inequality are significantly reduced and the baseline of human experience is raised substantially. It does not follow that all major causes of human suffering are solved. Humans are still a threat to each other.
      • Again, this will be very difficult to achieve, and will in particular require close cooperation between private AI companies and democratic governments, as well as extraordinarily wise decisions about the balance between carrot and stick.
      • For centuries, legal systems have faced the dilemma that the law aims to be impartial, but is inherently subjective and thus must be interpreted by biased humans.
      • Some early ideas in this direction have been undertaken by the computational democracy project, including collaborations with Anthropic.
    5. Work and meaning
      • at least one important question still remains. “It’s great we live in such a technologically advanced world as well as a fair and decent one”, someone might object, “but with AIs doing everything, how will humans have meaning? For that matter, how will they survive economically?”.
      • In any case I think meaning comes mostly from human relationships and connection, not from economic labor.
    References (2026.4.15)

  24. 「暗殺」柴田哲孝著 幻冬舎(ISBN978-4-344-04306-0, 2024.6.20 第1刷発行)
    出版社情報。安倍晋三元首相殺人事件をモチーフとした小説で、最初に「この物語はフィクションである。」とある。その後の序文を引用する。「二〇二二年七月八日——。 時刻は午前一一時三一分と記録されている。 日本の、元内閣総理大臣が奈良県の近鉄大和西大寺駅前で演説中に凶弾に倒れ、死亡した。 享年六七だった。 絶対に、起きてはならない事件だった。 おそらく日本の近代史において、国の内外にこれほどの政治的な偉業を成し遂げ、国民に愛 され、世界に信頼された首相は他にいなかっただろう。 日本のみならず全世界に衝撃が疾り、国民は動揺と共に悲しみに暮れた。 この事件には不審なことが多い。 遺体から致命傷となった銃弾が消えてしまったにもかかわらず、警察は深く調べることもな く捜査を打ち切った。 なぜなのかー。 しかも三カ所の銃創の中には、壇上に立つ被害者を低い位置から撃った凶漢によるものとは別に、逆方向の高い位置から右前頸部に着弾したものがあった。この単独犯では有り得ない解剖所見を警察は無視し、事実を握り潰した。なぜなのか――。 政府要人暗殺という重大事件であるにもかかわらず、警察による現場検証は事件の五日後ま で行なわれなかった。なぜなのかー 事件のすべてを知る唯一の人物、四一歳の狙撃犯の男はその場で取り押えられ、警察の管理下に置かれた。だが、動機や事実関係がほとんど明らかにされぬまま鑑定留置がなされ、以後 の情報はおよそ半年間にわたり遮断されてしまった。 なぜなのか――。」 確認してはいないが、ここに書かれていることは事実なのだろう。参考文献には「『改訂新版 統一教会とは何か』有田芳生著(大月書店)、『記者襲撃 赤報隊事件30年目の真実』樋田毅著(岩波書店)そのた『朝日新聞』『読売新聞』『日本経済新聞』『毎日新聞』『産經新聞』『週刊文春』『週刊ポスト』『週刊新潮』『週刊プレイボーイ』など、多くの記事を参考にさせていただきました。」とある。さすがに、これだけから、ありそうな筋書きにして、小説として仕上げるのを見ると、この分野も面白いのだろうなと思う。山上被告の単独犯行としているが、どうなのだろうかと、わたしのようなものでも、疑問が湧いてくる。
    (2026.4.15)

  25. 「新なる大学像を求めてー共愛学園前橋国際大学はなぜ注目されるのか」鶴蒔靖夫著 IN通信社(ISBN978-4-87218-461-7, 2019.11.16 第1刷発行)
    紀伊國屋書店情報・目次。大学改革について考えていた時に、友人が送ってくださり、早速読んだ。少し古く、この時代は、わたしも、大学改革などに関わっていたので、基本的な情報ばかりで、目新しいことはなかったが、地方の小規模大学、それも、キリスト教系の大学が、大学改革を考えるときには、この程度のことは、まずは知っていて、議論することが必要だと思った。最後の章で、地域に必要とされる大学について書かれていば部分は、わたしがいた大学ではあまりこのような意識はなかったので、考えるスタート地点を与えられたと思う。グローカルは、ことばが使い始められてから、かなり立つと思うが、まだ、まだ、考えるべきこと、工夫すべきことがいろいろとあることも、学んだ。共愛学園は、学童クラブから、こども園、小学校、中学校、高等学校、大学および、短期大学部とすべてそろっている。いつか、訪ねて、いろいろと伺い、また見てみたいとも思った。「地域連携・社会貢献白書2023-2024」を公開とある。文部科学省「私立大学経営改革支援事業」に本学が採択についても、勉強してみたいと思う。 以下は備忘録: (2026.4.18)


TOP BOOKS(J) HOME