Last Update: December 28, 2019, Revised: April 29, 2026

2019年読書記録


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  1. “ISLAM - A Short History - REVISED AND UPDATED”, by Karen Armstrong, A Modern Library Chronicles Book The Modern Library New York (ISBN 0-8129-6618-X, 2000, 2002)
    Quote: No religion in the modern world is as feared and misunderstood as Islam. It haunts the popular imagination as an extreme faith that promotes terrorism, authoritarian government, female oppression, and civil war. In a vital revision of this narrow view of Islam and a distillation of years of thinking and writing about the subject, Karen Armstrong’s short history demonstrates that the world’s fastest-growing faith is a much more complex phenomenon than its modern fundamentalist strain might suggest. (Back Cover) 和訳(「イスラームの歴史 1400年の軌跡」カレン・アームストロング著、小林朋則訳、中公新書 2453)があり、2018年はじめに読んだ。今回は、原著を読むことにした。List of Key Figures と Glossary も巻末にあるが、それが常に傍らにないと読みにくい。 少しずつ慣れる必要がある。
    Memo: (2019.4.2)

  2. 「ヴァイツゼッカー」加藤常昭著、清水書院 (1992.6.1, ISBN 4-389-41111-X)
    著者は、1929年生まれの、東京大学文学部哲学科、大学院修了後、ドイツで研究生活をした、日本基督教団鎌倉雪ノ下教会牧師。日本のキリスト教会で、現在生きておられる牧師で最も有名な方といっても過言はないだろう。ドイツでの研究歴が長いこともあり、Richart von Weizsaecker との親交もあり、1985年5月8日の有名なものを含め、演説文などを、原文で読み「言葉の力に生きる大統領」として、コメントをしている。生い立ちについても、詳しく、それが「歴史の重荷を負いつつ」にも反映している。次は、もう少し、じっくりと、Weizsaecker のことば自体を読みたい。ひとこと書いておくと、一つのヨーロッパを意識して、ベルリンの壁の崩壊、ドイツ同一をキリスト者として見てきた、Weizsaecker がヨーロッパの外からの移民問題に揺れている、ヨーロッパをどう見ているのかも知りたい。
    以下は備忘録: (2019.4.12)

  3. 「焚き火を囲んで聴くー大頭眞一と焚き火を囲む仲間たちー神の物語・対話篇」大頭眞一著、YOBEL, Inc.(ISBN978-4-907486-46-4, 2017.6.1)
    日本イエス・キリスト教団の牧師・神学者の著者が、12人の仲間を焚き火のまわりに呼んで語る形式をとっている。基本的には一人ずつ。大頭先輩(この本では、先輩を敬称としている)が、書き、それに応答の形で、その回に招かれた先輩が語る形式をとっている。5人の先輩がこの本についての祝辞を述べている。12人の先輩の一人に勧められたがなかなか読む機会がなく、やっと読むことができた。祝辞を述べている先輩のひとりも知り合いである。背景から、聖めをどう考えるかについても、特に後半で詳しく述べられ、最後には、著者の論考「栄光から栄光へーニュッサのグレゴリオスの動的聖化論」で終わっている。
    以下は備忘録: (2019.4.20)

  4. 「福音は何を変えたか - 聖書翻訳宣教から学ぶ神のミッション」福田崇著、いのちのことば社(ISBN978-4-264-04039-2, 2018.4.30)
    1971-72年度、Hi-B.A. 高校生聖書伝道協会に通っていたころの、スタッフの著者から送られてきた。東京学芸大学を出て、1976-1990年、ウィックリフ聖書翻訳協会の働きで、フィリピンで活動した方である。ある時近くにいた方が、その後どのような歩みをされ、そのことを通して、どのようなことを学んでおられるのか興味を持ちながら読んだ。少数民族であっても、その母語に聖書を翻訳し、母語での書き言葉も作って教え、それによって聖書を読むという営みの評価は、これまでも様々だったろうが、unsupervised な、機械翻訳が極端に進む中で、さらに難しくなってくるだろう。しかし、ことばでの交流は、変わらない価値があるようにも思う。
    以下は備忘録: (2019.4.27)

  5. 「『凡庸』という悪魔 - 21世紀の全体主義」藤井聡著、昌文社(ISBN978-4-7949-6819-7, 2015.4.30)
    著者は、京都大学大学院理工学研究科教授(1968年生)。保守の論客と言われる。第二次安倍内閣内閣参謀6年間。新自由主義のもとでの、グローバル全体主義(21世紀の全体主義)を支える「凡庸(取り柄のない banality)」な大衆の「思考停止」に抗うために、まず必要なのは「理性に基づく議論」(p.271)だとする。そのあかしとして、ヒトラーのナチス・ドイツのを分析した、ハンナ・アーレントの「全体主義の起源」を下敷きとして、その復習をしてから、現代における状況の相似性を、学校でのいじめ、民主党政権の仕分け、小泉政権の郵政民営化について分析し、最後は大阪都構想についても言及している。大衆・一般の人の理解(たいせつにしたいこと)、教育方法、全体主義に陥らない、基本的な考え方・方策が示されているわけではない。新古典経済学など、経済学についての批判的考察があり、学ぶことが多かった。
    以下は備忘録: (2019.5.6)

  6. 「男が痴漢になる理由」斉藤章佳著、イースト・プレス(ISBN978-4-7816-1571-4, 2017.8.25)
    二人の娘が読んでいて、わたしも手にとった。正直内容としては、少ないように思われるが「依存症とその治療」の視点で、治療している現場からの本は初めてであろうと考え、最後まで読み通した。男性である著者が「多くの男性には、痴漢行為に関する潜在的願望がある。」(p.273)といい、また「男性は、痴漢被害への想像力が欠如している。」(p.270)というのは、わたしも同意である。すると、性に関するパワーハラスメント、人間の尊厳の理解の希薄さの問題とも言えるかもしれない。
    以下は備忘録: (2019.5.15)

  7. 「よくわかる高齢者の認知症とうつ病ー正しい理解と適切なケア」長谷川和夫・長谷川洋著、中央法規(ISBN978-4-8058-5243-9, 2015.8.1)
    痴呆から認知症に変えることにも尽力した長谷川和夫氏の著書。人柄がよく現れていてとてもやさしい感じを受けるが、情報量としては多くない。実際のものを改変していてもよいので、もっと事例が多いとよいとも思った。事例が少ないと実感をもって理解しづらい。
    以下は備忘録: (2019.5.16)

  8. 「理性からの逃亡」フランシス・A・シェーファー著、有賀寿訳、いのちのことば社(ISBN4-264-00105-6, 1971.7.10)
    有賀寿氏の思想を理解するために、まずは、大学図書館に入っていた訳書を古い方から読むことにした。原著は、Francis A. Schaefer, "Escape from Reason" あとがきには、著者についての略歴が書かれている。ラブリに到達するまでの経緯は知らなかったので、興味を持った。また、訳者が1966年のベルリン世界伝道会議で、シェーファーの言葉についてコメントをし、それが報告書にも記録されたが、その記録は意がずれていたことにもふれ「本書が著されたいま、キリスト者が真の理性主義の立場にたつとき、どんなに力強くなれるかが、明白になったであろう。」(p.126)とし、また「彼は単なる宗教や信仰、単なるイエスやキリストをではなく、アンチテーゼを要求する真理を、聖書の真理として説いた。」(p.126-7)としている。
    以下は備忘録: (2019.5.23)

  9. 「地の塩 世の光 - キリスト教社会倫理叙説」ジョン・ストット著、有賀寿訳、すぐ書房(0016-399974-3739, 1986.4.12)
    有賀寿氏の思想を理解するために、まずは、大学図書館に入っていた訳書を古い方から読むことにした。原著は、John Stott, "Issues Facing Christians Today - Introduction and Part I - Christians in a non-Christian society" 「私は小さな集団に名をつらねる人々が、正義と洗練された新しい世界にたいするビジョンをいだくとき、その意義を過小評価してはいけないと考えている。日本では、それこそひとつまみのプロテスタントのキリスト教徒が、政治問題に倫理的要素をからませて、彼らの数をはるかに上回る大きなインパクトをあたえることがある。このキリスト教徒たちは、女性運動の創始者であり、労働運動、社会主義政党、その他、実質的にあらゆる改革運動の中心勢力を形成していた。ひとつの文化の質は、人口の二パーセントが新しいビジョンをいだくときに、変化のきざしを見せ始めるであろう。」(p.171)と最後に締めくくっている。わたしの考え方とは、異なる部分が多かったが、示唆に富む部分も多かった。わたしのことばで語れるようになりたいと思った。
    以下は備忘録: (2019.5.23)

  10. 「コペルニクス-人とその体系」アーサー・ケストラー著、有賀寿訳、すぐ書房(0023-200000I-3739, 1977.10.20)
    コペルニクス(ポーランド名:ミコワイ・コペルニク、1473年2月19日 - 1543年5月24日)は、ポーランド出身の天文学者とされるが、新約聖書のラテン語・ギリシア語対訳、Novum Instrumentum を著した、エラスムス(1466年10月27日 - 1536年7月12日)の6歳年下、宗教改革者ルター(1483年11月10日 - 1546年2月18日)の10歳年上で、この二人と同じくカトリック司祭。 なお、ケプラー(1571年12月27日 - 1630年11月15日)、ガリレオ(ユリウス暦1564年2月15日 - グレゴリオ暦1642年1月8日)の100年程度前の人である。1510年「コメンタリオールス(Comentariolus:ニコラウス・コペルニクスの天体の運動にかんする仮説の短い概要)」死の直後の 1543年「天体の回転について」で地動説を公にしている。物理学を学んで、その後、職が得られず、近東で様々な職につき、その後ジャーナリストになり、科学に関する本も著した異色の著者が、丁寧に一人の偏屈者を描いている。さらに、訳者の訳注は圧巻。その遥かに上を丁寧に読み解いて注を付けている。有賀寿氏の本を続けて読んでいるが、科学史家としても、十分な力量を感じる。科学史家の定義に依るのかもしれないが。有賀氏は、この最後に引用した、毎日の記事をあげて、「こういう誤解がひろまっているだけ本書は、なお日本に紹介されなければならない本と言えるだろう」としている。人間についての理解が残念ながら薄っぺらなひとが多いということを嘆いておられるように聞こえる。
    以下は備忘録: (2019.6.13)

  11. 「文明の死/文化の再生」村上陽一郎著、岩波書店(ISBN978-4-00-028083-X, 2006.12.7)
    図書館で村上陽一郎の本を眺めていて冒頭にある「文明は必ず死ぬが、人間の存在する限り、文化は死なない。これが本書のテーゼだ。」「現代日本社会は、社会共同体としての本来の働き、つまり、その成員を『人間』たらしめるノモス的な力がきわめて弱体化した状態にある、と私は診る。」が、最近考えている「ノモス」と「アノミア(不法、ノモスが無い状態)」、価値多元主義のもとでの「ノモス」、さらには、人間の文化や文明を動的なもの本来変化するものととらえつつどう理解するかという課題との関連を感じ、手にとった。わたしが、十分読み取れていない面が多いと思うが、いくつかのヒントは得られたのかもしれない。
    以下は備忘録: (2019.6.16)

  12. 「科学的自然像と人間観ー現代において宗教は可能か」P.M. マッカイ著、池田光男、有賀寿訳、すぐ書房(0023-200038-3937, 1978.9.5)
    "The Clockwork Image, a Chrisitan perspective on science", by Donald M. MacKay, Inter-Versity Press, Leicester, 1974 の翻訳。池田が5,6,7章、残りと全体の統一を有賀が担当とある。「かつて科学は永遠の発達を続け、それがそのまま人間の幸福につながると考えられていた。さほど遠い過去のことではない。その『科学』は、いま現代の窮境の責任をほとんど一身に負わされている。本書はそこに、科学における機械論的思考と機械志向的思考の混同を見出す。前者は科学に固有な特質であるが、後者は人々が科学から間違って引き出した決定論で、それが人々をむしばむと著者はいう。ついで著者は、この機械志向的思考が過去において宗教否定の大きな動因になったことを指摘しながら、機械論的科学そのものは最近のサイバネティックス、大脳科学、情報工学のいかなる研究の成果にてらしても宗教の存立を脅かすようなことをしなかったのみか、宗教の必要が可能とされる根拠を示唆する本書は、万人の期待に真の満足と喜びをもって応えてくれるといえよう。」(扉裏)著者は、キール大学教授、理論物理学者、現在は大脳科学を専攻している。科学的思考はキリスト教となにも衝突することはないとする。何回か引用されている「信仰と科学」誌、すぐ書房、については、調べてみたい。
    以下は備忘録: (2019.6.20)

  13. 「人間にとって科学とは何か」村上陽一郎著、新潮選書、新潮社(ISBN978-4-10-603662-0, 2010.6.25)
    「純粋な知的探究から発して二百年、近代科学は社会を根底から変え、科学もまた権力や利潤の原理に歪められた。人類史の転換点に立つ私たちのとるべき道とは? 地球環境、エネルギー問題、生命倫理――専門家だけに委ねず、『生活者』の立場で参加し、考え、意志決定することが必要だ。科学と社会の新たな関係が拓く可能性を示す。」と裏表紙にある。プロトタイプの科学、ネオタイプの科学など、歴史的なことも踏まえ書かれているが、一番力が入っていると思われるのは 「5.生命倫理をめぐる試論」である。アシロマ会議、クローン、ES(胚性幹細胞),iPS細胞などの比較も詳しい。この本自体が、語ったものを、文章とし、それを校正していることも影響していると思われるが、丁寧に書かれている。しかし、第三者もふくめ、語り合いながら決めていくということは、ある限定的な状況では可能としても一般的には、深くは関与していないものの参画も必要となり、個人の負担も大きく難しいように思われる。
    以下は備忘録: (2019.7.7)

  14. 「奇跡を考えるー科学と宗教」村上陽一郎著、講談社学術文庫2259、講談社(ISBN978-4-06-292269-2, 2014.12.10)
    「奇跡の捉え方をヨーロッパの知識の歴史にたどり、また宗教と科学それぞれの論理と言葉の違いを明らかにし、奇跡の本質にせまる試み」(裏表紙抜粋)とある。「結び」に著者自身が「本稿は、『奇跡』を宗教的な文脈から論じたものではない」また「科学思想の歴史を拙い足取りながら学んできた私として、(略)ときに現れる奇跡の問題は、扱い難いものとして、いつもひっかかり続けてきた。そして、科学思想史という側面から多少整理ができないか、という思いはずっと消えることがなかった。」しかし「何を、どう書けば、とにかく纏まったものとして、世に問うことができるのか。それが判らなかったし、今でも判らないままである。」「ただ、『奇跡』を議論するときに、考慮すべき本質的なことの幾つかは織り込んだつもりであるし、今後こうした問題が深められる小さな礎石の一つを積んだという、思いはある。」わたしは、一部、今まで考えていない論点を含んでいたため、二度読んだが、この著者の記述がそのまま、この本の性格をあらわしていると思う。村上氏が、その西洋思想史・科学史の理解の上に、この問題にある切り口で論じてくれたことに感謝する。
    以下は備忘録: 「聖俗革命」も読んでみたい。
    (2019.7.22)

  15. 「今日から使える統計解析ー理論の基礎と実用の”勘どころ”」大村平著、BLUE BACKSB2085、講談社(ISBN978-4-06-514793-1, 2019.2.20)
    1. 数の群れに何が隠れている?(統計解析ことはじめ)、2.ノーマルとアブノーマルの世界(正規分布に親しむ)、3.ウナギ捕りから推測統計へ(推定という知的な作業)、4.実力か、まぐれか、いかさまか(検定という決着のつけ方)、5.不良品からあなたを守る術(標本調査による保証)、6.じょうずな実験教えます(分散分析と実験計画法のダイジェスト)。Data Science を大学で文系に学生もふくめて教えるにはどうしたらよいかを考えていて、MOOCs を勉強しているが、まったく他の方法として、図書館でこの本を手にとった。実に説明が上手である。教える経験の為せる技か。むろん。これで、分析できるようにはならない。しかし、英語での、MOOCs などを使う場合、やはりこのようなもので、補うことも大切だろう。考えさせられた。
    以下は備忘録: (2019.7.24)

  16. 「知るをまなぶーあらためて学問のすすめ」村上陽一郎著、河出書房新社(ISBN978-4-309-24570-6, 2011.12.20)
    期待して手にとったが、人文学や芸術を含む広い教養にどのように触れてきたかという著者の回顧録のような調子で、内容も、他の著書との重複も多かった。全体として、主題について自分の考えを述べているのであろうが、若いものについては、圧倒されるだけで、指針は与えられないように思う。その奥ゆかしさが、著者を表していると言っているのかもしれない。個人的には、著者の個人的な履歴を知ることができて、興味深かった面はある。
    以下は備忘録: (2019.7.29)

  17. 「新しい科学論」村上陽一郎著、講談社(ISBN4-06-117973-X, 1979.1.20)
    古い「新しい科学論」である。副題は「『事実』は理論をたおせるか」となっている。クーンや、ファイヤアーベントの科学理論の変換を「進歩」としてではなく「革命」として捉える背景を、ある意味では、構造主義の立場から、単純な科学に対するイメージを変革するとともに「科学の人間性」という言葉を用いて、新しい視点を提供している。「結核や肺炎を駆逐し、原爆を作り出した科学について、その全ての責任を今わたくしどもが引き受けることを通じて、人間の道具としての科学ではなく、科学を自らの身の内に引き受ける認識を通じてのみ、私どもは、自己を変革することができましょう。もし必要ならば...。」(p.201)と書いており、いろいろな証拠からそれを論証しているが、残念ながら、個人的には、ひとつの見方としてしか受け入れられなかった。ひとにぎりの「教養人」のひとつの「科学認識」のように思われるが、どうだろうか。
    以下は備忘録: (2019.8.6)

  18. 「<死>の臨床学ー超高齢社会における『生と死』」村上陽一郎著、新曜社(ISBN978-4-7885-1561-1, 2018.3.12)
    ご自身の病や、ご親族の、死についても、かなり詳細に記述しながら、判断の困難な問題についての詳細について述べている。ここでは、詳細は語られていないが、何をもって死と判断するかは、ますます、困難な状況になっているように思われる。胎児の問題、保険制度との関係、終末期鎮静、生きるに値する命、そして、ささやかな、ささやかな提案と、他の書籍にも書かれている、村上氏が取り組んでいる、課題についても、ある程度語られている。むろん、いのちについて語ることとも関わっているわけで、ここに書かれていることはほんの一部であるとともに、その一部については、ていねいに書かれていると思う。
    以下は備忘録: (2019.8.16)

  19. 「中学生からの大学講義3 科学は未来をひらく」桐光学園+ちくまプリマー新書編集部・編、筑摩書房(ISBN978-4-480-68933-7, 2015.3.10)
    著者は、村上陽一郎(科学哲学者)、中村桂子(生命誌研究者)、佐藤勝彦(宇宙物理学者)、高藪縁(気象学者)、西成活裕(数理物理学者)、長谷川眞理子(進化生物学者)、藤田紘一郎(免疫学者)、福岡伸一(生物学者)である。初出がそれぞれあり、それを編集し「若い人たちへの読書案内」をつけたものである。いずれ、その読書案内に紹介された本も読んでみたい。「トランス・サイエンスの時代」「科学の現在を問う」「アル・ゴア未来を語る」「宇宙と人間 七つのなぞ」「生命を探る」「二重らせん」「不思議の国のトムキンス」「宇宙のたくらみ」「ソロモンの指輪」「怒りの葡萄」「イワンデニーソビッチの一日」「三国志」「日本人の英語」「アマゾン河探検記」「マリー・キュリー(1・2)」「ダークレディと呼ばれてー二重らせん発見とロザリンと・フランクリンの真実」「極限の民族」「未来いそっぷ」「ミトコンドリアが進化を決めた」「ワンダフル・ライフ」「人間の測りまちがい」「パンダの親指」「利己的な遺伝子」「粘菌 偉大なる単細胞が人類を救う」機械論的世界観、機械的生命誌、生命論的世界観、相利共生、人間は自然の一部、など、いろいろと考えさせられた。
    以下は備忘録: (2019.8.21)

  20. 「科学史からキリスト教をみるー長崎純心レクチャーズ第5回」村上陽一郎著、創文社(ISBN4-423-30114-8, 2003年3月1日)
    三回連続の講義をそのまま本にしたものである。第一回 近代科学の成立をどう捉えるか、第二回 聖俗革命、第三回 環境問題とキリスト教。一般的に唱えられている「科学革命」の本質を捉え直し「聖俗革命」という視点を著者は本書で提示している。第一回は、その背景説明である。第二回目まで一日で行われ、一日あけて第三回で、少し離れたトピックであるが、「聖俗革命」のもたらしたものとして、現在と将来への視点につなげているとみることができる。最後に大江健三郎に対して批判したことが書かれているが、現代の問題をどう捉え、どう生きていったらよいのかは、正直判然としない。
    以下は備忘録: (2019.8.28)

  21. “Open and Distance Education Theory Revisited - Implication for the Digital Era”, edited by Insung Jung, Springer Briefs in Open and Distance Education, Springer (ISBN 978-981-13-7739-6, 2019)
    日本数学会(MSJ)の Symposium on Data Science Education で「教養としてのデータ・サイエンス教育〜Moocs の活用を視野に入れて〜」の表題で講演することになり、Open and Distance Education (ODE) の枠組みで、MOOCs について確認しておくべきだと考えて、手にとった。Editor は、個人的にもよく知る ICU の同僚である。個人的には、OCW の流れから、MOOCs に 2012年に出会ったが、それは殆どが、xMOOCs に分類されるもので、いまは、cMOOCs とも言われる最初のコースは、2008年であることも初めて知った。感想として、2012年からはじまった xMOOCs について様々な特徴や、OCW との関連での研究がほとんど認められなかったこと。教育学の中での議論で、実験系を含む自然科学や、最近非常によく利用されている、医学・看護学系、技術習得のための MOOCs などその広がりと、それぞれに適した、ODE についての、個別分野の議論がなかったことは、残念であった。University of Leads など、様々なレベルでの、ODE の提供を試行している大学など、組織としての動きもほとんど認められなかった。しかし、ODE の枠組みでは、教育一般について、大学で教えてきたものとして、心配になったり、考えてきたことが、適切にまとめられて、議論されていたことは、確かである。Revisited というタイトルの用語が示すように、年々進展している分野で、その分野の人達にとっても Update としての価値は十分あると思われる。
    Memorandam: (2019.9.7)

  22. “When Science Meets Religion”, Ian G. Barbour, HarperOne (ISBN 978-0-06-060381-6, 2000)
    日本語訳はすでに読んでいたが、理解できない箇所が多かったため、原本を手にとった。「科学と宗教とわたしたちの未来」と題して、入門的な内容の講義をした。そのときにも、この枠組は利用したが、この書で議論されていることは、ずっと深く、非常に興味深い。宗教も、科学的認識も、世界観に影響されることは確かであること。科学が的知見が進んでも、専門化も進み、十分理解することは困難であること、そのなかで、ある世界観で、考える。とても困難な作業になっていると感じる。ましてや、多くの人が合意できるところには至れないだろう。理解できてはいないことと、正しさ以外の価値観を大切に、しかし、丁寧に思考していきたい。また、Ian G. Barbour の他の本を読んでみたい。村上陽一郎氏の本を何冊も読んだように。
    以下は備忘録: (2019.10.10)

  23. 「99%ありがとうーALSにも奪えないもの 99% THANK YOU… THINGS EVEN ALS CAN’T TAKE AWAY」藤田正裕(HIRO FUJITA)著、ポプラ社(ISBN978-4-591-13681-2, 2013.11.20)
    ALS関連で三冊を借りたが、最初に読んだもの。ホームページブログ [LOST] などでも発信している。1979年11月30日生まれ、東京・ニュージャージー・チューリッヒ・ロンドン・東京・ハワイ・東京と移り住み、日本でも、アメリカン・スクールに通い、本人いわく90%英語、10%日本語の生活。2010年11月にALSと診断される。2013年1月気管切開、顔と、左手の人差し指しか動かないとある。2004年国際広告会社マッキャンエリクソン入社、アイトラッキングで週一日の出社と在宅勤務で仕事を続けている。青年時代までは、かなり豪放な生活をしていたようだが、ICUにも、似た学生はたくさんいるので、身近に感じた。治療方法が確立し治るまで戦い続ける姿勢を持っている。英語が小さく書かれているが、英語が原文のように思われるので、極力英語を記録する。
    以下は備忘録: (2019.10.11)

  24. 「科学者はなぜ神を信じるのかーコペルニクスからホーキングまで」三田一郎著、ブルーバックス B-2061、講談社(ISBN978-4-06-512050-7, 2018.6.20)
    「科学者はなぜ神を信じるのか」というタイトルで、BLUE BACKS にあるとなれば、手にする人も多いと思い、内容を知っておくべきぐらいの気持ちで手にとった。著者は、素粒子の物理学者で、カトリックの助祭でもあるかたで、内容は、秀逸である。このタイトルでの推薦図書を聞かれたら、現時点では、躊躇なく、この本を第一とするだろう。Biblical Literalism(聖書絶対主義とは正確には異なるが)は、現在は熱心な保守的な福音派に多いとされるが、本書では、ルターや、カトリックにおいても、この傾向から、結果的にではあるが、過ちを犯しているという指摘もあり、非常に冷静である。科学的知見に対して、宗教界が是非についてコメントすることについても、いずれの場合も、冷静であるべきとの態度をしっかり持っておられる。最後に、ご本人の考えとして、法則こそが神の定めたものという部分は、おそらく、わたしが十分受け取れていないのだろうが、割り切り過ぎな感じを受ける。しかし、一つの表現なのかもしれない。できれば、話してみたいものである。このあとにつづく、わたしたちの未来について。
    以下は備忘録: (2019.10.13)

  25. 「『超』入門 相対性理論ーアインシュタインは何を考えたのか」福江純著、BLUE BACKS B2087、講談社.(ISBN978-4-06-514908-9, 2019.2.20)
    著者は大阪教育大学の教員で私が出席した最後の人事の委員会で採用が決まったと覚えている。大和書房「アインシュタインの宿題」が元本、それにマンガ・図版に加筆修正をほどこしたものである。アインシュタインの言葉を、各章の最初に書き、内容を説明していく。感激は多くはなかったが、丁寧に書かれている。福江さんという人物についても、多少知ることができたように思う。
    以下は備忘録: (2019.10.15)

  26. 「生きる力―神経難病ALS患者たちからのメッセージ 」生きる力編集委員会編、岩波ブックレットNo.689、岩波書店(ISBN4-00-009389-4, 2006.11.28)
    筋萎縮側索硬化症の患者さん(とその家族)からのメッセージである。この病気にかかっている友人を訪ねる旅の途中で読んだ。すべての筋肉が衰えていくということは、肉体が死んでいくとも言える状況であるが、脳は問題なく働いている。そのときの、ひとの姿は、非常に前向きで、すばらしい。そして、それを支える人たちの描写がまた秀逸である。そして私はどんなときに涙するのだろうと考えてしまうほど、何回も泣いた。いつもは、筋肉(体)に頼ってしまって、たいせつなことは考えないからだろうかと、考えてしまう。ここにメッセージを寄せた人が特別だとは、思えない。正直、『新しいALS感』『新しい命感』を考えさせられる驚きの記録である。
    以下は備忘録: (2019.10.18)

  27. 「CARE BOOK ケアブック ALS(筋萎縮性側索硬化症)」日本ALS協会編(ISBN4-930909-91-0, 2000.8 改訂新版)
    ALS についての、説明が最初にあるが、まさに、ケアに特化した、非常に丁寧に書かれている本である。体験談からの、助言も含まれている。現在は、第二版が出ている(進展もあるのでこれから読む場合は最新版をお勧めする)。内容は、次の、目次から読み取ることができる。第1章 ALSについて 第2章 精神・心理面における問題 第3章 嚥下障害について 第4章 呼吸障害について 第5章 コミュニケーションについて 第6章 リハビリテーション 第7章 日常生活の工夫 第8章 在宅療養の実際(実例報告などの寄稿) 第9章 生活援助の社会資源 
    以下は備忘録: (2019.10.21)

  28. 「佐藤文隆先生の量子論ー干渉実験・量子もつれ・解釈問題」佐藤文隆著、BLUE BACKS B-2032 講談社(ISBN978-4-502032-6, 2017.9.20)
    量子物理学による科学的認識の問題に興味があり、この本を手に取った。まさにそのことを中心に論じた本ではあるが、十分理解できたとは言えない。おそらく、綺麗には、説明できないのだろう。J.A. Wheeler の絵と言葉を最初に掲げ、それを解いていくところから始めているが、Wheeler は、著者との個人的な関係も深く、その追悼文も含まれている。最近の進展として、いくつかの実験について説明しているが、その部分が本当に基本的な、マッハ・ツェンダー干渉計の部分以外は、KYKS, HOM, ZWM 実験いずれも十分理解できず、EPRエンタングルメントも、GHZ スピン三体エンタングルメントも十分消化できなかった。次に学ぶときには、もう少し理解したい。
    以下は備忘録: (2019.10.22)

  29. 「2つの粒子で世界がわかる-量子力学絡みた物質の力」森弘之著、BLUE BACKS B-2096 講談社(ISBN978-4-516041-1, 2019.5.20)
    著者は首都大学東京の物理学の教授で物性理論、特に冷却原子の理論研究をしている。タイトルからは内容がわからなかったが、粒子を、ボーズ粒子とフェルミ粒子について分けて、特に物性面から、説明している。量子力学による科学的認識の変化、新たな視点に興味をもって、入門書を探していたが、同時に、ミクロの世界とマクロの世界をつなぐ現象、統計力学の問題などに興味があった。意図していた本ではなかったが、楽しくすらすらと読むことができた。難しいところは避けている面は否めないが、説明はうまいと思う。もう少し、難しい本に進みたかったが、より深い理論に興味を持ってほしいとはあったが、次のステップとしての参考図書などは、示されていなかった。いつか、時間をみつけて、ファインマンの教科書でも勉強するか、Moocs のコースを取ってみるかなどと考えた。殆ど最後に書かれている次の言葉が、おそらく、この書で伝えたかったことなのだろう。「一般的には、量子力学から導かれる結果はミクロな世界で当てはまるものの、目に見えるスケールでは成り立たないことが殆どです。なぜ大きなスケールでは量子力学がそのままで、適用できないのかは、昔からの難問であり、現在でも研究が進められている課題です。その中で、超伝導や超流動は数少ない例外であり、目で見て楽しめる貴重な量子現象です。そしてその根幹にはボーズ粒子とフェルミ粒子という分類が重要な役割を果たしているのです。読者のみなさんに、この分類がいかに物理学の理解を整理する上で欠かせない概念であるかを感じ取っていただだければ、本書の目的は達成されたかもしれません。」(p.218)感じ取ることはできたが、やはり、ボーズ粒子とフェルミ粒子、数個のオーダーまでのことで、専門家には、そして、説明には、重要な意味を持つことは理解できるが「世界がわかる」はいくら物性物理の世界とは言え、大げさすぎる。せめて、100個のフェルミ粒子からなる原子(別に原子でなくてもよいが)と997個のフェルミ粒子からなる同位体の原子では、この偶奇性により、物性的に大きな違いを持つというようなことが示されない限りは。
    以下は備忘録: (2019.10.25)

  30. 「近代科学と聖俗革命ー新版」村上陽一郎著、新曜社.(ISBN4-7885-0802-8, 2002.7.5)
    村上陽一郎氏の主著の一つだろう。初版は1976年。第一部 近代を分かつもの、第二部 近代的人間観の離陸、となっている。第一部は、著者の他の本でも書かれている内容を「聖俗革命」という視点から、近代を分かつものとして、学術的に、論拠を明確にして書かれている。このあとに書かれた本を何冊か読んでから読むと、わかりやすく書かれているとは言えない。第二部は、財団法人「余暇開発センター」による『余暇問題と関連諸科学に関する基礎的研究』というプロジェクトの研究成果の一部とのことである。(p.302) エピロークの終わりに著者は以下のように書いている。「本当の『西洋近代科学』とは、実は、もっとずっと豊富な可能性を秘めており、そうした近代主義的=啓蒙主義的な解釈を乗り越える手立てさえも、自らの中に十分内包しているとも言えるのである。」(p.289)著者の科学観でもあろうが、わたしは、個人的な思いが強すぎ、楽観的すぎるように思う。
    以下は備忘録: (2019.11.10)

  31. 「あなたを支配し、社会を破壊する、AI・ビッグデータの罠」キャッシー・オニール著、久保尚子訳、インターシフト(ISBN978-4-7726-9560-2, 2018.7.10)
    Cathy O’Neil の”Weapons of Math Destruction” の訳である。著者は、数学の学位をハーバードでとり、バーナードカレッジでTenure をとってから、データ・サイエンスの道を歩んだ人。大量破壊兵器(Weapons of Mass Destruction (WMD))にかけて、数学モデルを利用(悪用・誤用)した、データ解析、AI 人工知能の問題を、すでに起こっていることを取り上げながら、批判している。AI により、Blackbox 化していることが、問題視されることはあるが、どのデータをどのように利用するか、どのような数学的モデルを利用するかなどは、AI を設計するときに、人間が行うことで、目的が、効率化、それによるお金儲けの場合、はかりにくい、公平性・平等性が犠牲となり、社会的な問題をひきおこすことを解いている。実際のデータを分析して見せているわけではないので、論理の飛躍を感じるが、最後につけた「本書の注」から丁寧にたどれば、ギャップを埋められそうである。AI やデータサイエンスと関わる倫理性が、わたしが現在考えている問題であるので、良い示唆をたくさん与えられた。わからないから、客観性がありそうだということで、単純に泣き寝入りしてはいけない、監査や、基準を議論し続ける組織など、いくつかの仕組みが必要であろう。Dual Use の問題だとも言える。
    以下は備忘録: (2019.11.20)

  32. 「透明に響くアリア」立道桜子著、文芸社(ISBN978-4-286-08762-7, 2010.5.15)
    著者の結婚式に出席して、披露宴の引き出物としていただいた。詩はほとんど読まないので評価はできないが、少し変わった印象を受ける。淋しさと、死、そして孤独と正面から向き合っておられることは理解できるように思う。帯には「詩人は生きにくい世の中を知っている/死もまた世の中の生きにくさを知っている/どうして詩は詩のままでいられないのだろう」(77)「芸術家とは寂しさの境地にいる/しかしまた実におどけてみせるのがうまい」最初の詩「雨の嘆き」は、2009年「使徒音楽〜俊太郎への手紙」コンクールにて大賞を受賞とある。
    以下はいくつか心に残った詩: (2019.11.23)

  33. 「真空とはなんだろうー無限に豊かなその素顔」広瀬立成著、BLUE BACKS B-1406 講談社(ISBN-4-06-257406-3, 2003.3.20)
    背表紙に「『なにもない』ではなかった真空/負のエネルギーが充満している状態/これが現代の物理学が明らかにした、真空の正体だ。物質、空間、力、宇宙・・すべてを明らかにする鍵は『なにもない』はずの真空にあった」とある。宇宙空間の神秘やパルサーや、量子物理学に興味があり、真空について興味を持っていたので手に取った。I.豊かな世界ー真空 II. マクロの真空 III. ミクロの真空 IV. 宇宙と真空、という構成になっている。多くの科学書を著している著者の筆致は、秀逸。分かった気にさせられてしまう。ファインマン図も十分理解できたわけではないが、いままで見ていたにもかかわらず、今回初めて興味が持てた。もう少し、このような入門書を読んでから、いつか、量子物理学についてしっかりと学んでみたいと思わされた。相転移のことなども、いくつか例をあげて、説明している。正直、どこまで正確かは分からないが、数学の世界との違いを感じさせられた。数学では、ここまで分かりやすくは、書けないのではないだろうか。いずれは、Super String Theory も学んでみたいが、同時に、いままで考えてきた、数学における不可能性のように、物理学においても、いくつかの不可能性が見え隠れし始めているように思う。実験で実証するために作り出せるエネルギーの限界、抽象性の深遠さゆえに誰にでも理解できるものではなくなりつつあること、還元論への膠着から統合が困難担ったいることなどであろうか。いつか、仮説段階であっても、統一されたモデルができるのであろうか。
    (2019.12.10)

  34. 「イスラームと科学(Islam and Science)」パルヴェーズ・フッドボーイ(Pervez Hoodbhoy)著、植木不等式訳、勁草書房(ISBN978-4-326-75049-8, 2012.1.25)
    著者は、MIT で学位(素粒子物理学)をとった、パキスタン人で、イスラーム圏で、教育・科学の振興のために、活発に活動をしている方である。「前言」として、ムスリムで(アフマディアに属し、パキスタンでは、法的には、ムスリムではないとされる)、無神論者と公言するワインバーグとともに、電磁気力と素粒子間の弱い力の統一理論によりノーベル賞を与えられた、アブドゥッサッラームが書いている。科学と宗教というトピックでは、キリスト教関係のみ考えてきたが、いつかイスラーム圏のことも学びたかったので手に取った。西洋の科学と宗教の記述は、多少短絡な部分もあるように思われるし、イスラーム圏の黄金期の記述は、もう少し詳細にして欲しかったとの感想もあるが、記述も丁寧で非常によく書かれている。加えて、翻訳が秀逸である。大変なエネルギーがかかったと思うが、丁寧に取り組んでいることが伝わってくる。「イスラーム的科学」は「創造科学」とも通じる面が多く、興味深かった。目次:前言 モハンマド・アブドゥッサラーム はじめに 第1章 イスラームと科学は両立しうるか? 第2章 科学──その本質と起源 第3章 科学と中世キリスト教の戦い 第4章 イスラーム諸国の科学の状況 第5章 発展の遅れに対するイスラーム側からの三つの反応 第6章 ブカイユ、ナスル、サルダール──イスラーム的科学の三人の唱道者 第7章 イスラーム的科学はありうるか? 第8章 イスラーム教徒の科学の勃興 第9章 イスラーム教徒の科学と対決する宗教的正統派 第10章 五人の偉大な“異教徒”たち 第11章 なぜ科学革命はイスラーム圏で起こらなかったのか? 第12章 将来に向けての思索 付章 彼らはそれをイスラーム的科学と呼ぶ。
    以下は備忘録: 以下は、訳者あとがきにある、本書が書かれて以降の、イスラーム圏で科学の動向についての、情報である。Knowledge, Networks and Nations: Global scientific collaboration in the 21st century, Nature Middle East, A new golden age? The prospects for science and innovation in the Islamic world。訳者あとがきにフッドボーイの言葉として引用されているように「イスラーム圏の知的体制のなかで、科学的探索に向けて開かれた精神はいまだ『例外的な個人』に託されている」のだろうか。
    (2019.6.DD)

  35. 「相対論対量子論ー徹底討論・根本的な世界観の違い」メンデル・サックス著、原田稔訳、BLUE BACKS B-1268 講談社(ISBN-4-06-257268ー0, 1999.10.20)
    "Dialogues on Modern Physics" by Mendel Sachs の翻訳。著者は、NY州、バッファロー校の物理学教授、専門は素粒子論。「はじめに」には、「量子論と相対性理論が本当に科学的真理を表すものであるならば、いずれの側から見ても他方と完全に統合されていなければならないにもかかわらず、現実にはいずれの側からみても根本的な矛盾があるため、数学的にも論理的にも満足しうるかたちで統合しえずに来ているという点である。」とし、その議論を本書では、架空の三人の若手の物理学者の対話というスタイルの議論にゆだねている。訳者あとがきには、以下の様にある:著者は現在少数派に属し「将来の新しい理論は相対論をベースにしたものになるだろうと預言している。この予言は彼の研究成果に基づくものであり、単なる憶測ではない。」(p.186)「ガリレオは、当時の学界の定説という厚い壁に風穴をあけるべく『新科学対話』を書いた。(中略)著者サックスもガリレオにならって、対話というスタイルで自説をアピールすることにしたのである。学界の定説を信じて疑わないマニーとこれに異論を唱えるジャッキーと中間派のモーという三人の理論物理学者が、宇宙論から、素粒子論まで、現代物理学を取り巻く根本問題について、それぞれの立場から議論を展開している。」(p.187)すべての議論をクリアに理解したわけではないが、著者の理解の深さを各所に感じさせられ、名著だと思う。
    以下は備忘録: (2019.12.21)

  36. 「人間失格」太宰治著、新潮社(青空文庫版、1952.10.30)
    知人がこの本についてブログに書いていたので、散歩の時に「声の花束」に入っている朗読の録音版を聞いた。設定としては、作者が「京橋の小さいバアのマダム」から借りた、三冊の手記という形式になっている。最初は三葉の写真の描写から始まり、三冊の手記を記し、最後に背景を記する形式をとっている。手記を記した男(葉ちゃん)が、モルヒネ中毒となり、「脳病院」の独房にはいり、つぶやくことばが「人間、失格」である。最初と最後に書かれている「父」の存在、様々な女性との関わり、特に、信頼の権化のようで、それが仇となったように描かれている、ヨシちゃん、いやな存在の、堀木との「罪のアント(反意語)は?」の議論など、いくつか、背後に流れるものがあるのだろう。個人的には、太宰がどの程度、この男に、自分の姿を重ねていたかに興味を持った。途中では、あまりの優柔不断さに怒りと嫌気さえ感じ、聞く(読む)のが苦痛な時間帯もあったが、最後の廃人に近いような存在の男と、自分も重なっているようにも感じた。昭和初期の時代も、映し出しているのだろう。文学に接したのは、本当に久しぶりなので、興味深さとともに、なんとも言えない、いごごちの悪さも感じたので、この程度とする。
    (2019.12.28)

  37. 「SF小説がリアルになる 量子の新時代」佐藤文隆・井元信之・尾関章著、朝日新書 187 朝日新聞社(ISBN978-4-02-273287ー3, 2009.7.30)
    量子力学の世界観を多少でも理解したいと思い、進んでいる技術の世界から理解することができるかもしれないと思い、量子暗号、量子コンピュータの背景の量子情報について書かれた本として選んだ。尾関氏は朝日新聞の科学記者、井元氏は、NTT基礎研究所などで光通信の研究をした人である。正直言って、殆どえることはなかった。佐藤文隆氏の本は何冊かすでに読んでいるが、もう少し読んでも良いのかもしれないが、サックスの「アインシュタインVSボーア」など、その分野のプロが書いたものを読むべきなのだろう。もうすこし、専門的なことがしっかり書かれている物理学の本や量子情報の論文をそろそろ勉強すべきなのかもしれない。
    以下は備忘録: (2019.12.28)


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