Last Update: September 2, 2011
2011年読書記録
- 「矢部喜好傳」賀川豊彦 序、田村貞一著,湖光社 (1937.3.25)
日露戦争の真っ最中1905年日本で最初の良心的兵役拒否をした矢部喜好の死の2年後に弟子田村貞一が記した伝記である。
鈴木範久氏の書によれば事実関係が様々な箇所で誤っているようだが、記述が非常にいきいきとしていて、ますます矢部喜好に惚れ込んでしまった。正直わたしがひとそのものに惚れ込んでしまった最初の人である。矢部の人物としてのすばらしさを保証するかのように最初に賀川の序、最後に14人の追憶が配置されている。本文は、前編が会津と米国の巻、後編が琵琶湖の巻となっている。
多少の内容を備忘録として記する。兵役拒否で銃殺刑を覚悟していた弟がにこにことして帰ってきた喜好のことを記し「如何にも朗らかで温かい長兄の性格、それは前記の投獄で、少なくとも心境的に『死』を克服してからの急変であった。」(p.73) 喜好は、前にもいったように投獄事件を契機にして信仰上の態度にも一つの転機が与えられ、今までの律法主義の殻を破って、新しき信仰生活に生きんとする願いを抱き、末世の福音教会との関係も渡米以来解消せられた形であったが、デイトンに於ける生活や交友は、自ら彼を同胞教会に結びつけるようになった。(p.86) シカゴの日本大使館の「コック長」として経験もないのにはたらき、シュークリームをつくることも成功した話 (p.93) My Life's Story を出版したらしい。(p.107) コック氏は矢部のメッセージで献身。(p.108) 日米関係 (p.109) 三教(仏教・神道・キリスト教合同の会や、ロータリークラブのようなものを組織 (p.128) 世界大戦の休戦感謝礼拝をもつ (p.131) 関東大震災の援助のお礼のために、アメリカでベーン日赤社長やクーリッジ大統領を訪問 (p.155) 託児所を提唱 (p.160) 平和について [この本の出版された 7月7日にはシナ事変が起こっている] (p.175) 愛唱讃美歌 506「わが行く道いついかになるべきかはつゆしらねど、主はみこころなしたまえん」117「ああ主は誰が為世に下りて、かく恥づかしめをうけたまえる」325「主にのみ十字架を負わせまつり、われ知らず顔にあるべきかは」(p.199) 「今キリストの十字架の苦しみが分かった。」(p.200) Yours and HIs (p.245)
ICUの図書館のものは、湯浅八郎氏(国際基督教大学初代学長)の蔵書印があり「昭和12年5月5日近江八幡にヴォーリス氏(近江兄弟社創立者・建築家)訪問の車中にて読了。感謝を新たにす。真にキリストの使徒とは斯の人也」と記され署名がある。署名は未確認だが、おそらく湯浅氏のものと思われる。湯浅氏の名前は p.158 にも現れるので知己の間柄のようだ。
(2011.1.31)
- 「愛とゆるし」日野原重明著 教文館 ISBN 978-4-7642-6920-0, 2010.10.25)
1911年10月4日 山口県生まれ、現在聖路加国際病院理事長・同名誉院長・聖路加看護大学名誉学長。今年は100歳になられる。1995年以降、日本基督教団滝野川教会での証15回分をまとめたものである。目次から はじめに、恩寵としての出会い、人は何によって健やかに生きるのか、朽ちるものと朽ちないもの、返られるものと変えられないもの、愛と恕し、新しい生き方ーゆるしあうこと、あとがきに変えてー南ドイツのオーバーアマガウ村での「受難劇」となっている。タイトルおよび目次にあるように、ゆるしにいろいろな漢字たいおうするがそのいろいろな意味をこめてこうしてあるとはじめににある。許す・赦す・恕す。さいごのものは、ゆるす、思いやる、あわれむの意をもつとある。ゆったりとよめる本である。
(2011.2.20)
- 「悩みと愛と幸福 - ヒルティの言葉 - 」ヒルティ著・正木正訳 角川文庫1001 (1954.10.20)
「カール・ヒルティは1833年2月28日、スイスのヴェルデンブルグに生まれ、1909年10月12日ゼネバ湖畔のクレランスで逝いた。有名な国法学者、ベルン大学教授としてスイスの陸軍法務官として、将又、国会義臨として現実の社会に実践的に活動したのみでなく、また真実のキリスト教的倫理家として幾多の論文を世に送り、警世択木、平和と力と慰めを与えたのである。77歳の高齢を保ちスイスの聖人、一世の預言者として仰がれ、国民哀悼のうちに世を去ったのである。」(本書p.148 ヒルティ小伝より)父が愛読したヒルティ。いままでも何回か手にしたが、この歳になって理解できる部分が大分出てきたように思う。本ホームページの「言葉」にも自分の中で消化し、こどもたちを含む次の世代に伝えたい言葉として記していきたいと思っています。ヒルティは日本では人気があり翻訳もある程度あり全集も出版されているが、英文は少ない。本書は、著書などから、訳者が集めたものである。I. 人間、II. 性格、III. 信仰にまとめられている。一つだけ記すこととする。「人は、多くの場合、自分でなす事の出来る以上に唯あまりにも多くをなそうと欲する。又それに対して、多くの感謝を得ようとおもう。……だが、人はできるところのものをなせねばならぬ。それから称賛されたいのぞみを捨て去ることができねばならぬ。そうでなければ、それは又一種の享楽慾である。人は称賛を得たがっているのだと言うことを知るやいなや、進んでそれを与えようとはしない。一方、その称賛がどうでもよいような人々に対しては、それを積み重ねて与えるのだ! 自分が立派にできるだけより以上のことはやろうと欲せず、その仕事のうちに己の幸福をさがして見いだす人々はこの世を最善に生きるのである。」
(2011.3.14)
- 「Mac OSX 実践活用大全」柴田文彦・向井領治著 ASCII (ISBN978-4-04-868477-4, 2010.11.19)
この種類の本は30分もしないで読み切ってしまうことが多いが(すなわちそれだけ特定の個人にとって必要な情報量は少ない)この本はそのなかでは、よく書かれているように思われる。もうすこし情報をつめこんでもよいように思われるが、OSの寿命より本の寿命が長くないことを考えると仕方がないのかも知れない。以下は備忘録。1 サードパーティ製オンラインウエア、2 Mac OS X のカスタマイズ、3. 操作の効率化、4. システムのメンテナンス、5 バックアップ、6. LAN と共有設定、7. Windows との共存環境の構築、8. Mac OS X 開発環境。1 では圧縮形式、アンインストールについても書かれ、さらに、OppenOffice.org Go-OO, iText Express, tweetie, 夜フクロウ, Audacity, Shupapan, The Unarchiver, 2 では Tinker Tool, OnyX, Google 日本語入力, Quick Time 用 Perian も紹介されている。3では Automator と Apple Script の紹介、4 では DropBox についても触れられている。教科書的でも、マニア向けでもないとこころが少し不満を残す。
(2011.3.14)
- "Mathematical Proofs, A Transition to Advanced Mathematics, Second Edition" by Gary Chartrand, Albert D. Polimeni, Ping Zhang, Pearson International Edition (ISBN13: 978-0-321-52673-1, ISBN10: 0-321-52673-2, 2008)
数学通論 I(集合と代数系)の授業の教科書とする事とした。第一版の日本語訳を教科書としてつかったこともあるが、言語の問題から原本を使うことに決めた。レベルが高いとは言えない部分もあるが、非常にていねいに構成されている。0. Communicating Mathematics, 1. Sets, 2. Logic, 3. Direct Proof and Proof by Contrapositive, 4. More on Direct Proof and Proof by Contrapositive, 5. Existence and Proof by Contradiction, 6. Mathematical Induction, 7. Prove or Disprove, 8. Equivalence Relation, 9. Functions, 10. Cardinalities of Sets, 11. Proofs in Number Theory, 12. Proofs in Calculus, 13. Proofs in Group Theory. 授業では Chap. 1-11 までを扱う予定で、12 を夏休みに読むように薦める。14. Ring Theory, 15. Linear Algebra, 16. Topology は Online Support Page がある。現時点で感じる問題点は、10, 11 の内容が濃く、そこまでとは時間のかけ方を変えないといけない点だろうか。自習をどの程度集中してできるかにかかっている点だろう。
(2011.3.23)
- 「子どもが幸せになる学校 ー 横浜サイエンスフロンティア高校の挑戦」菅聖子著、株式会社ウエッジ (ISBN978-4-86310-077-0, 2010.12.10)
「おとうさん、こういうの好きだと思うよ」と、長女に薦められて読んだ。2009年に開校した横浜サイエンスフロンティア高校の開校準備から現在までのレポートで、著者は、自由学園卒業のフリーの編集者、ライター。鶴見工業高校の廃校に伴い、横浜市立としてトップ校をつくろうというところが出発点である。何に関わるお金かの明示はないが、「横浜市が、94億円という巨額の費用を投入し、『先端科学技術の知識を活用して、世界で幅広く活躍する人間を育成する』という理念のもとに立ち上げた」となっている。(p.11) 成果の評価には時間がかかる上記の本質と、受験校としてもすぐにでも成果が求められるジレンマを抱えながら、受験校のカリスマ教員、校長として十分な経験を持つ佐藤春夫、著名科学者という枠組みだけでなく、科学教育、科学リテラシーの現状を憂慮し、献身的にかかわる科学者、コーオーディネートする職員の内田茂から伝わる熱さと真剣さを情報と共によくレポートしていると思う。詳細は省略。あとは備忘録。スーパーアドバイザーの和田昭允が定義づける「理系思考の根幹」おそらく科学的思考として良い。1. 対象をよく観察し、2. 正確で十分な情報(データ) を取り出し、3. データ間の因果をつなぐ論理を見つけて、4. 最適の解決・解答(モデル) を出す。4. 高度に技術化された社会をスムーズに運転する。5. 将来を見通して予想、予言し、未来を開拓する。(should be revised) 「シンガポール国際数学チャレンジ」の2010年度の課題「シンガポールの街中にあるコーヒーショップ『スターバックスコーヒー』と『コーヒービーンズ』がどこに出店すれば経営戦略としてもっとも効果的か。」あのこはすごいと色々な友人についてかたれる生徒はすばらしいですね。
(2011.6.21)
- 「就活の勘違い - 採用責任者の本音を明かす - 」楠木新著、朝日新書 257、朝日新聞出版 (ISBN978-4-02-273357-3, 2010.9.30)
大企業の人事部にいながら開発研究もしている親友から紹介された。著者は、1954年神戸市生まれ。企業の人事担当も経験、自ら転職もして、転職者の長期インタビューもしている。この著者が、ご自身のお嬢さんの就活に同行しながら、就活をルポした経験から書かれている。現在は、関西大学でも「会社学」の非常勤講師も務めている。「就活は、受験よりも婚活に似ている」「就活での選考は、コンテストではなくコミュニケーション」「採用活動は一緒にはたらく仲間を探す行為」と、採用側と就活をする学生側両方の立場から分かりやすく書かれている。わたしも教員選考に何度も関わってきたが、基本は同じだと感じた。また、この本は、就活も成長の一コマとして、ハウツーにならず、自然に書かれているのも良い。この本を読み、自分自身が成長することが一番大切と考え、謙虚に学んでいくひとは、採用になるのかも知れない。しかし、就職活動時に、そのレベルに達していない学生もかなりの割合いるのだろうなとも感じた。いずれにせよ、あまり知らなかった世界も、今、わたしが生きている世界とあまり違わないことを知ることができたのは、これから学生さんと付き合っていくときにも糧となると思う。著者のブログ
(2011.6.28)
- 「コンピュータの動くしくみ 」山口直彦著、秀和システム (ISBN978-4-7980-2746-3, 2010.10.5)
一般教育科目「情報科学概論」に関係している本として図書館に入れ読んでみることとした。タイトル通り「コンピュータの動くしくみ」が、その基礎となる、数学、情報理論、電子工学、電気工学、半導体工学、化学、論理回路、論理学、情報工学にすこしずつ関わる部分もとりこみながら解説されている。目次は、1.コンピュータは0と1しかわからないー二進数ー 2.回路が多すぎると作れないー半導体ー 3.白黒はっきりした世界、デジタル回路 4.ALU と簡易計算機 5.簡易計算機を使いやすくする 6.思い出はタンスのなかにーメモリー 7.臨機応変に動くCPU-フラグとジャンプー 8.もっと人間にとって使いやすくーI/Oー 9.データシートを書く、知る となっている。ごちゃごちゃしてスッキリしていない部分もある程度あるが、最後に、コンピュータ自体が動くしくみがなんとなくわかった気になるのは、よくかけているということだろう。著者は 1985年生まれ、府中工業高校を出て、工学院大学で学んだ大学院生、文章もよくかけているとおもって感心していると、なんと著書には「ライトノベル研究序説」とある。著者にも会ってみたくなった。
この本に関するページ(サポートページの情報もよくできています。)
(2011.7.5)
- 「新訂 新 C言語入門 ビギナー編 」林晴比古著、Softbank Creative (ISBN4-7973-2561-5, 1991.1.25, 1998.8.31, 2003.12.4)
表題通り、C言語の入門書である。特徴は同じタイトルで、スーパービギナー編、ビギナー編、シニア編、応用編とでていることだろう。compile 入出力など、システムに依存する部分を切り離して、書いてあるものと、あるシステムに特化して書かれているものがあるが、本書は後者、MSDOS などで、Visual C++ を利用することを想定して書かれている。その部分をのぞけば標準的。1. C言語プログラムの作成、2. C言語のやさしい入門、3. 変数とデータ型、4. 演算子、5. 制御文、6. コンソール入出力、7. 関数の作り方、8. ポインタ、9. ユーザが作成するデータ型、10. プリプロセッサで前処理をする、11. 標準ライブラリ関数を使う、12. ファイルの入室力、A 付録。レベル別に書かれているだけあって、読者の理解度がよく把握されていると思う。ざっと見ただけだが、スーパービギナー編は、プログラミングについてまったく経験が無い読者、ビギナー編は、プログラミングについては多少の知識をもっているが、C言語または、C言語から発展して作られた言語については、知識と経験がないもの、シニア編は、C言語について多少の知識と経験がある。または、同種の言語の知識と経験がある読者を対象に書かれている。これだけの長寿の本であるなら、せめて Unix 系についての処理については、書かれていたもよいように思う。すでにネット上に標準的な教科書はあるのだろうか。
(2011.7.17)
- 「"GPA算定" 方式の革新から - 成績評価の厳正化とGPA活用の深化 〜絶対的相対評価/教員間調整/functional GPA〜」半田智久著、地域科学研究会 高等教育情報センター 高等教育ハンドブック6 (ISBN978-4-925069-35-9, 2011.3.25)
ICUの行政者の一人から、コメントをもとめられて読むこととなった。著者は、お茶の水女子大学 教授で、専門は心理学。日本におけるGPA導入の背景と、導入に関して教員からおこる疑義について調べ、丁寧に考察している。著者は、日本の大学に関する調査とともに、海外の大学におけるGPAについてもアンケートを行っている。素点による100点満点評価をそのまま A, B, C, D, E などの Letter Grade (LG) におきかえて計算することの問題点から 機能的GAP (Functional GPA, fGPA) を提案し、通常の方式によっておこる攪乱を解消できると提案し、計算システムも提供している。文部科学省に誘導されて実施した GPA をどのように教育システムの中に組み込むのかで多くの大学が苦労している様子がうかがえる。成績評価自体にまでメスがはいり、教育システムの中でGPA制度が有効なものとして根付くことが望まれる。
(2011.7.19)
- 「殉教者を想い、ともに祈る週間 〜ペトロ岐部と187殉教者の列副に向けて〜」日本カトリック司教協議会、列教者列福調査特別委員会編 (2006.12.3)
「あなたがたは、わたしが種種の試練に遭ったとき、絶えずわたしと一緒に踏みとどまってくれた ルカ22・28」が表紙に書かれている。8日間の黙想と祈りを目的とした小冊子で、1. テーマ、2. テーマとかかわりのある殉教者のことば、または報告書の抜粋、3. テーマを深めるための聖書のことば、4. 解説(それぞれの殉教者の出来事に宿されたメッセージを味わい、黙想するためのヒント)、5. 祈り。となっている。最初に、列教者列福調査特別委員会委員長、溝部脩司教(高松教区)による「ペトロ岐部と187殉教者〜日本の教会の自信と活気を願って〜」と題した、一文が含まれている。1603年から1639年の間に、熊本、山口、長崎、米沢、東京などの地域で殉教した188人の殉教者を福者に申請するなかで、出来た文書である。3人の司教をのぞき一般の信徒で、列福の目的を「現代日本に生きるキリスト者に、信仰を持って生きていくための示唆を与えてキリスト者のアイデンティティを深め、ひいては、日本の社会に強い影響をもたらすことができると信じたから。」としている。正直、これらの人々を、現在のキリスト教の低迷からの脱皮の起爆剤に利用するという印象が否めなかった。背景には、カトリックの文化もあり、福者と認められることで、とくべつな存在となり、特別に、思いめぐらす機会となるというのであろう。教職者ではなく、信徒の働きを重要視することは、プロテスタントの基本でもあるが、福者という序列に認めるところで、この申請に含まれない人を支援する人の「不満」ということばが何回も現れ、ちょっとよい感じがしなかった。まずは、これらの一人一人の殉教者について学んでみたい。(非売品)
(2011.7.31)
- 「統計学の基礎と演習」濱田昇・田澤新成著、共立出版 (ISBN4-320-01790-0, 2005.9.25)
献本でいただいたが、永い間読む機会が無かった。最近、大学の様々なデータの集計をするようになって、基本的なことを確認することも含めて、統計の本を一冊読んでみようと思い手に取った。大学時代は、確率論が強い大学で、確率論は学んだ記憶があるが、統計は学んだことを覚えていない。教職免許も取得したので、学ぶことになっていたはずだが。数学が、自然科学で利用される以外にもっとも利用されるのはおそらく、この統計学だとおもうし、いわゆる文系と言われる学生が大学で苦労するのも、統計である。確かに数学の純粋理論と趣が違ったり、純粋数学を生業としていない人が多く研究・利用していることもあって、数学の世界と親和性は薄い。しかし、数学の重要な部分として、教育の中で活かされることは、そして、高校などの授業でも生かされることの重要性は計り知れないであろう。わたしには、専門的な興味はないが、わたしが研究している数学的対象も統計学から生まれたことを考えると、それが結びつく程度の理解は得たいと願っている。1. 事象と確率、2. 確率変数と確率分布、3. 離散型の確率分布、4. 連続型の確率分布、5. 2変数の確率分布、6. 標本分布、7. 点推定、8. 区間推定、9. 仮説推定、付録 とつづく。内容の評価はここに記さないが、次は、統計の考え方を見て取れるようないろいろな事例への応用と評価が書かれた本と、理論が十全に証明されている本を読んでみたい。 具体例も含まれており、この書で統計学がどのようなことを考えるのかに、ある程度触れることができたと思う。
(2011.8.4)
- 「ウェブ進化 最終形 - 『HTML5』が世界を変える」小林雅一著、朝日新書 296 (ISBN978-4-02-2773396-2, 2011.5.30)
著者は、KDDI総研リサーチフェロー。W3C の新しい規格で、WHATWG の規格も引き継ぎ、一部、XHTML の論理構造も引き継ぐものを、HTML5 と呼んでいる。通信機器の広がりとともに、無線LANの発達と安定化を背景として、Open な統一規格としての、HTML5 により、以前さわがれたユビキタスが、自然に受け入れられ、発展していく基盤ができ、新しい世界が広がるということが中心である。最終形という言葉からも感じられるように、Open 化というある意味で普遍的な価値への移行が、HTLM5 によって可能になると見て取れるが、同時に、日本企業のチャンスという、異なる次元の部分にも力が入れられている。おそらく、はっきりとは時代が読めないなかで、日本企業へ熱いメッセージを送っているのであろう。歴史的な背景などは、良く書かれているが、技術面は、ほとんど書かれていない。長期間という見通しが3年程度というのは、この分野では仕方がないとしても、最終形の意味も色あせ、もう少ししっかりした論述が欲しい。おそらく、技術の行きつく先については、見ていないからであろう。1. ジャバスクリプトで本格的な情報処理を実現するための新しい機能を導入、2. HTML文書の論理構造を明確化、3. 異なるブラウザー間での互換性を実現、(p.67) としている。正直1には疑義をもつ。非常にくり返しが多く、内容的には、10page 内外であろうが、この手の書物にとっては、避けられないのであろうか。最後に備忘録として p.183 より抜き書きする。「有名なメディア研究者のマーシャル・マクルーハンはかつて『メディアこそがメッセージである』という名言をのこしています。その真意は「人は異なるメディアに向かい合うとき、その心理状態を変えるので、メディアが運ぶ中味(コンテンツ)よりもメディア自体が人々を変えるようなメッセージ性を持っている』という意味です。」
(2011.8.9)
- 「キリシタン地図を歩く -- 殉教者の横顔」日本188殉教者列福調査歴史委員会編、監修 溝部脩、ドン・ボスコ社 (ISBN4-88626-062-4, 1991.1.24)
「1863年、教皇ピオ9世は日本二十六聖殉教者を列聖、1867年には205名の殉教者を列福した。門戸を開こうとしている日本とそこに未だ残っていると信じられていた日本教会に特別の歓心を抱いたからであった。現代になって、教皇ヨハネ・パウロ二世は新たに16名の日本人殉教者を列聖した。しかし、代表的殉教者が、なお日本教会には列福、列聖されないまま残っていることを考慮して、日本司教団は新たに188名の殉教者の列福運動を推進している。彼らは全員日本人であり、5人をのぞけば他は一般信徒であり、男女老幼の層にまたがり地域的にも日本全国を網羅している」(結びより)詳細はカトリック東京司教区のホームページ、ヴァティカンで列福が決定された事の公式文書等参照。しかしホームページ上にも情報は非常に少ない。正直、日本の為政者は、なぜ是までにキリシタンを弾圧したのか、正直よく分からない。上記、カトリックのページには「外国から来た宗教であるキリスト教が日本の国家統一の妨げになると判断したためだったと考えられています。」と書かれている。この本質的な問いに私は答えをもっていない。プロテスタント的信仰者からすると、模範をある権威のもとで決めるのかが理解できないし、そのような線引きを、列聖、列福でするのかも理解できないが、殉教者の信仰的決断には、こころ震わされる。執筆者は5人で、文体も異なり、その意味でも読みやすいとは言えない。重複も多く、時系列での関連もよく分からない。全体像を得るのは難しいのであろう。
(2011.8.19)
- 「初学者のための整数論」アンドレ・ヴェイユ著、片山孝次・田中茂・丹羽敏雄・長岡一昭訳、ちくま学芸文庫 (ISBN978-4-480-09315-8, 2010.9.10)
1995年3月10日現代数学社から出版された Number Theory for Beginners の訳。訳語を修正している。旧版も含め、原著にはない問題の解答が訳者たちにより詳細につけられている。まえがき、I. 整数の基本的性質、II. 除法・最大公約数、III. 互いに素な整数、IV. 素数、V. 可換群・合同類、VI. 可換環・体と合同類、VII. 部分群と合同類、VIII. フェルマー・オイラーの定理、IX. 多項式の基本的性質、X. 原始根・指数、XI. 平方剰余、XII. 平方剰余の相互法則、XIII. ガウス整数、練習問題解答。初等整数論を現代的にまとまりのあるものとして紹介され、証明も本質に注目して簡潔に述べられている。ICUのサマーセミナーで、1年生から3年生を中心にして二日半、朝から晩までセミナーをし、XI 以降は、大学院生などに、内容を紹介してもらう形式で VIII 以外通して学んだ。数学専攻以外の学生も多く、内容も豊富で、証明は深く、かなり難しかったと思う。練習問題は、殆ど手が着かなかったが、良い問題がたくさん含まれている。ただ、この本文で整数論の初歩をはじめて学んで、これらの練習問題をすべて解くことは不可能に近いであろう。そうであっても、学生達が何らかをこの本を通して学んでくれたことと期待する。
(2011.8.28)
- 「アンドレとシモーヌ ヴェイユ家の物語」シルヴィ・ヴェイユ著、稲葉延子訳 (ISBN978-4-393-32706-7, 2011.5.20)
アンドレ・ヴェイユ (1906年5月6日 - 1998年8月6日) は、ひとつ上の「初学者のための整数論」の著者、20世紀を代表する数学者である。シモーヌ・ヴェイユ (Simone Weil, 1909年2月3日 - 1943年8月24日) はその妹、哲学者、社会活動家、聖女とも言われる。著者は、アンドレの娘である。サマー・セミナーの行きと帰りに読むという好機に恵まれた。原著はシモーヌ生誕100年の2009年に出版され多くの反響を生んだとされる。タイトルからは、アンドレとシモーヌについて書かれていると期待するが、実際に書かれているのは、シルヴィの人生・思考・心情におけるアンドレとシモーヌである。訳者の次の言葉は興味深い。「さて、シルヴィはシモーヌとアンドレから何を引き継いだのであろうか。本書でも書かれているヴェイユ家特有の『尊大さ』、ドゴールにも表彰された国家レベルの『知性』、そしてヴェイユ家の『笑い』。実際、シルヴィは話していて良く笑う。その際の声の涼やかな響きは、おそらくは、母エヴェリンのものだろう。」(p.283-294) また、シルヴィは「人生を楽しむという不動点」(p.281) をもっていると評している。p.52-57 の「ここで誰を祝うのか」だけを読んでも「これがエッセーなのか!」と呼びたくなるほど、文章によって心が躍らされる。訳も見事なのだろう。「罪の報い」なども面白い。最後にアンドレとシモーヌについて一言ずつ例によって備忘録として記す。京都賞を同時に取った黒澤明とかわした言葉「私はあなたより大きく得をしていますよ。私はあなたの作品を好きになり賞賛することもできるが、あなたは私の仕事を好きになることも賞賛することもできないですから。」(p.223)。シモーヌの瞑想「その力量に於いて、自分よりも遥かに劣る者を己と同等に扱う人は、過酷な運命によって、その尊厳を奪われた人々に対して人間の本質という名の贈り物をしているのです。神の創造物として可能な限り、その人は恵まれない人々を介して、創造主元来の慈悲を再現するのです。」(p.240. 出典不詳)
(2011.8.28)
- 「地球温暖化への3つの選択 - 低炭素化・適応・気候改変のどれを選ぶか」山本良一・高岡美佳編著、SPEED研究会監修、生産性出版 (ISBN978-4-8201-1982-1, 2011.7.30)
SPEED は2010年に設立された「エコイノベーションとエコビジネスに関する研究会」編者の山本先生がICUの客員教授であることから、一冊いただいたのでさっそく読ませて頂いた。「はじめに」のあとに、1 低炭素革命かジオエンジニアリングか、と題した山本先生の一文があり、そのあと、第I部 低炭素化と今後、第II部 温暖化への適応、第III部 気候改変とつづく、さいごに「おわりに」がある。それぞれにいくつかの論説が一つの章をなし、集められている。しかし、最後第III部は一章しかなくかなり短い。第3の選択としての気候改変、ジオエンジニアリングは、殆ど知らなかったので、もう少し知りたかったが詳しいとは言えない。どの論考も、経済から問題を見ているため、科学的な分析とは、かなりの距離がある。簡単に読める一方、科学的なことに興味があるわたしとしては、不満ものこる。良い点としては、地球温暖化の問題が経済的な側面とはいえ、かなり多方面から議論されるような時代になっていることを垣間見ることが出来たと言うことであろう。山本先生とも一度、お話しをさせていただきたいと思う。
(2011.9.2)